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第5話:芯を知る
「――って感じで、今はユキオんちに入り浸ってる」
「出て行けとは言われないのか?」
「毎日言われてるけどスルーだよそんなもん」
「さすがだな」
オレの報告に、ルーサーは呆れとも感心もつかないため息を漏らした。
「お前の図々しさは一種の才能だ」
「それ、褒めてないでしょ?」
いつものバーだ。
マスターは相変わらず、オレ達の会話が耳に届かない絶妙の距離でグラスを磨いている。
「だいたいアイツ、仕事漬けで全然家にいねーんだよ」
オレは肩をすくめた。
「拷問でも受けに行くみたいな顔で朝早くから仕事に行って、ヘロヘロになって夜中に帰ってくるんだよ。全然楽しそうじゃねえのに休みもしねえし遅刻もしねえ」
「真面目な男なんだな」
「全然理解できねーよ、マジ文化の違いを感じるわ」
オレがぼやくと、ルーサーはカウンターに頬杖をついた。
「苦戦しそうだな。――どうだ、リタイアするか?」
「しねーよ! 諦め早すぎんだろ!」
とはいえ、オレが家に居座っているせいもあって、ユキオは幸せになるどころか連日不幸が降りかかっている。洗濯機が壊れるとか鍵を失くすとか寝過ごすとか、まだしも小さなもので済んでいて良かったというべきか。
「もうデフォで不幸フェイスなんだよなあ、ユキオって……いっつも疲れた顔だし。いっそ仕事辞めさせるか?ストレスフリーにはなるよな」
ルーサーが肩を揺らした。
「おい、今笑ったろルーサー」
「いや、笑ってない」
「バレバレの嘘つくなっての!」
じろりと睨むと、ルーサーは素知らぬ顔で立ち上がった。
「ま、お前はもう少し相手をよく知ることだな」
「ええ? ユキオのことを知る?」
オレは眉を寄せた。
「彼が何故、そんな思いをしてまで働いているのか、お前は知っているのか?」
「え? バカだからじゃねーの?」
「身もふたもないことを言うな」
「冗談だよ。生活のためだろ。……ん? でもおかしいな」
オレはふと首を傾げた。
「あいつ、金なんて使う暇なんかないのに、何でか全然金持ってねえんだよな。……スゲー借金とかあるのか?」
「借金かもしれないし、他に理由があるのかもしれない。……もっとよく相手を観察して、会話をしてみるといい」
「それ、なんか意味があんの?」
ルーサーは帽子を被った。
「何をもって幸せと感じるかは、人それぞれだ。彼を心から幸せにするためには、彼の芯を知る必要がある。闇雲に仕事を辞めさせてもいい結果になるとは思えんね」
「芯……?」
言葉の意味を聞き返す前に、ルーサーはふいと掻き消えた。
「あいつ、絶対なんか知ってるな……教えてくれてもいいじゃんよ」
オレはルーサーがいた場所を睨んだが、ハッとして頭を抱えた。
「しまった! チョイ金借りようと思ったのに、忘れてた!」
恰好つけてユキオに財布ごと渡してしまったから、手持ちの金がない。別に食べたり飲んだりする必要もないし、気合を入れたら服も変えられるのだが、実体のままだとまったく金を持っていないのはそれはそれで色々と不便ではある。
「あーあ。神様のくせにシケてんなあ、オレって」
ため息をついたオレの目に、ふと壁の貼り紙が飛び込んできた。
「ん? マスター、今スタッフ募集してんの?」
「そうなんです」
顔を上げたマスターが頷く。
「厨房担当の子が、今月末で辞めることになってしまいまして」
「え~マジ!? じゃオレ雇ってよ!」
「おや、コウくん料理できるんですか?」
「できない」
マスターは静かに微笑むと、グラスを磨き続けた。どうやら不採用らしい。
「ちえっ」
オレは立ち上がった。
「マスター、帰るわ。オレの分、ルーサーにツケといて」
「分かりました」
謎かけみたいな言葉の仕返しに、せめてもの嫌がらせを仕掛けてオレは店を出た。
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