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第7話:遊び人の理屈
ユキオは地面に沈み込みそうなほど深いため息をついた。
「オーナーの知り合いの団体客、予約がちゃんと取れてなかったんだ。で、予約したって日の担当だった俺に責任とれってオーナーが激怒して……クビだ、二度と来るなってさ」
オレはユキオの顔をまじまじと眺めた。
「それ、明日から仕事に行かなくていいってこと?」
「……そうだよ」
オレは思わずユキオの両肩を掴んだ。
「マジで! 良かったじゃん!」
「は、はあ!?」
唖然としたユキオの顔が、見る見るうちに険しくなった。
肩にかけたオレの手が乱暴に振り払われる。
「イテッ」
「お前っ……何言ってんだよっ! クビのどこが良いんだ、バカにすんなっ!」
「してねーよ。だってユキオ、休みなしで働きすぎてゾンビみてーな顔色になってるし。夜もよくうなされてたし、このままだと死んじゃうかもって感じだったよ」
「仕方ないだろっ! オレが責任者なんだから!!」
ユキオはオレをにらんで喚いた。
「お前にはわかんねーよっ!」
「分かるけど分かんねー」
オレは眉をあげてユキオを覗き込んだ。
「ユキオ、今の仕事嫌いだろ?」
「な、……?」
ユキオは口を開けたまま固まった。
「見てりゃ分かるよ、アンタ仕事行くとき死にそうな顔してるもん。嫌いなこと一生懸命やって、やっと解放されたら落ち込むってさあ、オレにはマジ意味わかんねーんだけど」
「…………」
「だいたい、休みもろくにくれねーくせにいきなりクビだーって随分なブラックだよな。逆に辞められて良かったんじゃね?」
大きく見開かれたユキオの目から、唐突に涙が転がり落ちた。
「えっ!?」
オレはぎょっとした。予想外の反応だ。
「……勝手なこと言うな、馬鹿野郎」
ユキオはうつむいた。頬を伝った涙がぼたぼたとシーツに滴る。
「いつもヘラヘラして無神経な奴のくせに。テキトー言いやがって」
「テキトーじゃねえよ。アンタって、分かりやす過ぎ」
オレはユキオの隣に腰掛けた。
「オレ、あんたのこと幸せにしなきゃいけないんだよ」
ビクッ、とユキオの肩が震えた。
「……何だよ、それ」
「そのまんまの意味だっつーの」
ユキオの手がぎゅうっとシーツを握りしめる。その手の甲にも涙がこぼれた。
どんな顔で泣いているんだろう。
「……早く出てけよ」
「やだね」
オレは手を伸ばして、ユキオの顔を上向かせた。涙で赤くなった目がびっくりしたようにオレを見る。
こどもみたいな泣き顔を見ていると、胸がぎゅっと痛くなった。
「泣くなよ、ユキオ」
「何……」
オレは顔を寄せて、頬を流れる涙を舐めとった。
ユキオの涙は思った通り、少ししょっぱくてびっくりするくらい熱かった。
「アンタが泣くと困るんだ」
ユキオは泣くのも忘れてぽかんとオレを見つめた。
その顔が見る見るうちに赤くなる。
「お……お前、今、なに」
オレは言葉を遮るように、ユキオの開いた口に唇を重ねた。
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