8 / 18

第7話:遊び人の理屈

 ユキオは地面に沈み込みそうなほど深いため息をついた。 「オーナーの知り合いの団体客、予約がちゃんと取れてなかったんだ。で、予約したって日の担当だった俺に責任とれってオーナーが激怒して……クビだ、二度と来るなってさ」  オレはユキオの顔をまじまじと眺めた。 「それ、明日から仕事に行かなくていいってこと?」 「……そうだよ」  オレは思わずユキオの両肩を掴んだ。 「マジで! 良かったじゃん!」 「は、はあ!?」  唖然としたユキオの顔が、見る見るうちに険しくなった。  肩にかけたオレの手が乱暴に振り払われる。 「イテッ」 「お前っ……何言ってんだよっ! クビのどこが良いんだ、バカにすんなっ!」 「してねーよ。だってユキオ、休みなしで働きすぎてゾンビみてーな顔色になってるし。夜もよくうなされてたし、このままだと死んじゃうかもって感じだったよ」 「仕方ないだろっ! オレが責任者なんだから!!」  ユキオはオレをにらんで喚いた。 「お前にはわかんねーよっ!」 「分かるけど分かんねー」  オレは眉をあげてユキオを覗き込んだ。 「ユキオ、今の仕事嫌いだろ?」 「な、……?」  ユキオは口を開けたまま固まった。 「見てりゃ分かるよ、アンタ仕事行くとき死にそうな顔してるもん。嫌いなこと一生懸命やって、やっと解放されたら落ち込むってさあ、オレにはマジ意味わかんねーんだけど」 「…………」 「だいたい、休みもろくにくれねーくせにいきなりクビだーって随分なブラックだよな。逆に辞められて良かったんじゃね?」  大きく見開かれたユキオの目から、唐突に涙が転がり落ちた。 「えっ!?」  オレはぎょっとした。予想外の反応だ。 「……勝手なこと言うな、馬鹿野郎」  ユキオはうつむいた。頬を伝った涙がぼたぼたとシーツに滴る。 「いつもヘラヘラして無神経な奴のくせに。テキトー言いやがって」 「テキトーじゃねえよ。アンタって、分かりやす過ぎ」  オレはユキオの隣に腰掛けた。 「オレ、あんたのこと幸せにしなきゃいけないんだよ」  ビクッ、とユキオの肩が震えた。 「……何だよ、それ」 「そのまんまの意味だっつーの」  ユキオの手がぎゅうっとシーツを握りしめる。その手の甲にも涙がこぼれた。  どんな顔で泣いているんだろう。 「……早く出てけよ」 「やだね」  オレは手を伸ばして、ユキオの顔を上向かせた。涙で赤くなった目がびっくりしたようにオレを見る。  こどもみたいな泣き顔を見ていると、胸がぎゅっと痛くなった。 「泣くなよ、ユキオ」 「何……」  オレは顔を寄せて、頬を流れる涙を舐めとった。  ユキオの涙は思った通り、少ししょっぱくてびっくりするくらい熱かった。 「アンタが泣くと困るんだ」  ユキオは泣くのも忘れてぽかんとオレを見つめた。  その顔が見る見るうちに赤くなる。 「お……お前、今、なに」  オレは言葉を遮るように、ユキオの開いた口に唇を重ねた。

ともだちにシェアしよう!