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第8話:お前なんか嫌いだ
「ふ……っ」
ひゅっ、とユキオの喉が鳴る。
首に手を回すと、ドクドクと鼓動が酷く高鳴っているのが分かった。
唇も、舌も、熱くて少し甘い。
ゆっくり熱を味わっていると、震える手がオレの胸を突き飛ばした。
「……やめろっ!」
ユキオは荒く息をつきながら、信じられないものでも見るような顔でオレを睨んだ。
「お、おま、お前……何するんだっ!?」
「何って、キスだけど」
ユキオは首筋まで真っ赤になったまま、口をパクパクさせた。
「だっ……何でそんな……お、男同士だろ!? なに考えてんだお前っ!」
「え? 何で」
「なんでって……」
口ごもったユキオの目を俺は真正面から見据えて言った。
「だってアンタ、ゲイだろ?」
オレの一言に、ユキオは愕然とした表情になった。
真っ赤だった顔が、ちょっと心配になるくらい一気に青ざめる。
「ちょっと、大丈夫? 今にも気絶しそうになってるけど」
「……な、何言って……俺は、そんな」
「いやイイからそーゆーの。分かるんだって、オレもゲイだから」
おろおろと視線をさまよわせていたユキオは、あんぐりと口を開けてオレを見た。
「……お前も?」
「別に珍しくないでしょ」
オレの言葉に、ユキオはびっくりしたように瞬いた。
「そっ……か、珍しく……ないのか」
ぶつぶつ呟いている様子を見ていると、オレはなんだかムラっとした。
慰めるつもりでキスしたけど、何だかもう一度あの唇に触れてみたい。
「なあ、もう一回キスしていい?」
ユキオはぎょっとしたようにオレを見ると、ぶんぶんと首を振った。
「だ、ダメに決まってんだろ!?」
「何で」
「こ……こういうことは、好きな奴とするもんだっ! 簡単にするな、馬鹿野郎っ!」
オレは首をかしげてユキオの瞳を覗き込んだ。
「オレはあんたのこと、わりと好きだよ。顔も好みだし」
ユキオはぐ、と言葉に詰まるとそっぽを向いた。
「……俺は、お前なんか嫌いだ」
呟かれた言葉に、妙に胸がざらっとした。
砂を噛んだみたいな嫌な感じ。
「いつの間にかうちに住んでるし。いきなり財布ごと金渡してくるし、俺のベッドで勝手に寝てるし。人が必死に秘密にしてたことあっさり気付くし、幸せにしなきゃいけないなんてワケ分かんねえこと言うし、今だっていきなり……」
ユキオは唇をかみしめると、ちらりとオレの顔を見て顔をゆがめた。
「そうだよ、俺はチェーン店の料理人なんか大嫌いだ。人間関係はやたら面倒だし、腕を振るう機会なんか全然ない」
ユキオは吐き出すように言った。
「ホントは……もっと小さい店で静かにやりたいんだ。でもそんな求人めったにないし、早く借りた金返さなきゃいけないし……」
「え、ユキオって借金持ちなんだ。何で借りたの?」
ユキオはオレをじろりとにらんだ。
「お前に借りた金だよ!」
「あ、アレか。あんなのいつでもいいって」
「そういうわけに行くか! ……クソ、もうホントに何なんだよお前!」
ユキオはヤケクソ気味にオレに向かって叫んだ。
「俺を幸せにするんなら、今すぐ仕事見つけてこいよ!」
「ええ~? いきなりそんなこと言われても……って、あ」
オレの脳裏に、ふとさっき見たバーの張り紙がよぎった。
「小さい店の料理人……って、心当たりあるわ」
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