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第9話:来訪者
「……素晴らしい」
バーのカウンターに並べられた数皿の料理を見て、マスターは微笑んだ。
「コウくんの紹介だということで、正直あまり期待していませんでしたが……どれも美味しそうなものばかりですね。よろしければぜひうちで働いてください」
マスターの言葉に、カウンター奥に立っていたユキオはホッとしたような表情を浮かべた。
「ありがとうございます! 頑張ります」
背筋を伸ばして返事するユキオを見て、マスターはまたニコッと笑った。
「コウくんから大変真面目な方だと聞きましたが、その通りのようですね」
「え……」
ユキオがびっくりしたようにこっちを見る。カウンターの隅に座っていたオレは、ひらひらと手を振って見せた。
「では、奥で勤務形態や給与について説明しますから、どうぞ」
「は、はいっ!」
「オレは先に帰ってるね。ユキオ、採用おめでと」
「あ!」
立ち上がったオレを見て、ユキオが声を上げた。振り向くと、顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かしている。
「なに?」
「……た、たまには部屋の掃除くらいしろ」
オレは肩をすくめて店のドアを押し開けた。
「眠くなかったらやるよ」
と言いつつも、部屋に帰ってきたオレはベッドに直行した。
この部屋にいると不思議といつも眠くなる。ユキオのベッドは持ち主がいなくてもほんのり温かくて、いつまででも寝ていられた。
オレがあくびして目を閉じた時、不意に玄関のブザーが鳴った。
「ユキくん、いるの?」
どうやらユキオの知り合いらしい。
無視しようかと思ったけど、ふと気になってオレはドアを開けた。
「ユキオならいないよ」
「えっ?」
驚いたような声を上げたのは、ボストンバッグを提げたおばさんだった。手に分厚い封筒を持っている。
ぽかんとしてオレを見つめるおばさんの手から、封筒が滑り落ちた。
「ハヤト……?」
「え?」
オレが聞き返すと、おばさんはハッとしたように瞬き、封筒を拾い上げた。
顔色が真っ青になっている。
「あ……ごめんなさい。あなた、ユキくんのお友達?」
「そうだよ。……もしかして、ユキオのかーちゃん?」
「いいえ」
おばさんは首を振った。
「ユキくんに用事があったんだけど……でも居ないなら仕方ないわね、ありがとう」
踵を返そうとしたおばさんがぐらりとよろめいたので、オレは慌てて支えた。
「あ……ありがとう」
「大丈夫? 顔色マジで悪いけど、ちょっと休んでいきなよ」
おばさんはオレの腕にすがってこちらを見上げ――不意に涙ぐんだ。
「ええ!? なに、オレなんか変なこと言った?」
「ごめんなさい。近くで見るとますます似ていて……」
「似てる?」
おばさんは体を起こすと微笑んだ。
笑っているのに酷く悲しそうだった。
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