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第15話:貧乏神の能力
顔を打つ雨にオレは目を開けた。
視界が妙にぼやけている。幾度か瞬くうちに、自分が斜面に横たわっていることが分かった。慌てて身を起こしたオレは息をのんだ。
そこはさっきまで走っていた道の横斜面を下ったところらしかった。ゴロゴロと転がった大きな岩が木々をへし折っている。振り仰ぐと、ガードレールが引きちぎられているのが見える。
どうやら、落石事故に巻き込まれたらしい。
貧乏神として身近に不幸を振りまく存在である以上、何度か事故に巻き込まれたことはあるがここまでの大事故は初めてだ。
「いやいやいや……シャレにならねーぜ。オレのパワー増してね?」
呆気に取られて呟いたオレは、不意にぞっとして飛び上がった。
「……ユキオっ!!」
車はオレより少し下に、ひっくり返った状態で転がって雨に打たれていた。どうやら横から落石を食らったらしく、ドアが無残にへしゃげている。
その横にユキオが仰向けに倒れていた。
オレは駆け寄ってユキオに飛びついた。
「ユキオ……ユキオッ!」
思いっきり頬を叩くと、ユキオは小さく呻いて目を開けた。
「……コウ?」
か細い声に、身体中の力が一気に抜けるほどホッとする。
「何だ……? なにがあって……」
「事故だよ、ユキオ! 落石事故!」
ユキオは焦点の定まらない目をぼんやりと動かした。その頬に赤く血がついている。
まさか頭を怪我したのかとユキオの髪をかきあげようとして、オレは気付いた。
血がついているのはオレの手だ。頬を殴ったから、それで血がついた。
けれど、オレは幽霊みたいなもんだから、血が出るわけがない。
「事故……」
呟くユキオの脇腹のあたりが、べったりと黒ずんで濡れている。雨とは違う、生温かな液体がじわじわと服を染めて広がっていく。
「ゆ……ユキオッ!」
ぐらぐらと視界が揺れるような気分になりながら、オレはひときわ色が濃い部分をまさぐった。ユキオが喉の奥に詰まるようなうめき声をあげる。
「痛いのか!?」
「痛くない……何も感じない」
「ここ、押さえてろっ!」
オレはユキオの手を取り、傷口のあたりを押さえさせた。
「早く助けを……」
もう一度道路の方を振り仰ぐ。雨が激しすぎて、白く煙る道路は車が通る気配もない。
ここまで来る間、他の車と一台もすれ違わなかったことを思いだしてオレは吐きそうな気分になった。
「くそっ! 何でオレ、飛んだりワープしたりできないんだよ!」
オレはぐしゃぐしゃと髪を掻きむしって、ユキオの横へ膝をついた。
「ごめん、ユキオ、ごめん、俺のせいだ……」
「何で……お前のせい、なんだよ」
ユキオがぼんやりと瞬く。
「オレ、神様は神様でも貧乏神なんだ! オレの周りのヤツには不幸が起きる、だから……この事故はオレが起こしたんだ」
「……」
ユキオは俺を見上げて、ふっと笑った。
「ホントなんだよっ!」
「分かってる」
ユキオが不意にはっきりと言った。
「信じるよ。お前……なんか、透けてるし」
オレはぎくりとして自分の体を見下ろした。事故の衝撃でダメージを食らって実体化を保てなくなった部分がところどころ、穴あきみたいに透けている。
ユキオは手を持ち上げて、オレの頬に触れた。
「泣くなよ、コウ」
それでオレは自分が泣いてることに気付いた。
「な……泣いてねえよ!」
言ってみたけど駄目だ。ボロボロ涙が出てきてどうしても止まらない。
「いつもヘラヘラしてるくせに……泣くなって」
ユキオは息を吸い込むと、思いがけず強い力で俺の襟首を掴んで引き寄せた。
「お前って、無神経で図々しくてだらしなくて、ホント理解できない」
「なにを……」
「でも好きだ」
息が止まった。
目を見開いたオレを見つめて、ユキオは笑った。
「俺、お前が好きだよ、コウ」
「……オレも」
オレは呆然と呟いた。
なんてこった。このオレが、まさか。
こんな時なのに、胸が甘くて痛い。
「好きだ、ユキオ。オレ、アンタが好きなんだ」
ユキオは頷くと、ふうっと息をついた。
「……今度は間に合った」
オレの襟首を掴んでいた手が滑り落ちて、泥を小さく跳ねさせた。
「……ユキオ?」
オレが呆然と呟いた瞬間、不意にパッと明るい光がその場に満ちた。
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