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第3話 行き過ぎた報復

雪也は平日の朝から奈良崎の部屋に来ていた。 奈良崎は担任を持つ教師だから、当然今自宅には居ない。 先々週から服従を示すようになった雪也に慢心したのか、奈良崎はまるで恋人のように雪也を扱い始めた。 奈良崎の全てが煩わしく鬱陶しいが、むやみやたらと不快感を煽る言動は若干減ってきた。 雪也が媚びると頬を弛め、ついに何を勘違いしたのか合い鍵を手渡してきた。 その合鍵を真っ青なニトリル手袋をはめた手のひらの上で転がしながら、雪也は薄く笑う。 「手間が省けたな」 まず、自分が映っている映像の記録媒体を片っ端から処分&消去した。マイクロSDカード、パソコン内のローカルフォルダ、DVD、ビデオカメラの内臓データなど。 続けて奈良崎の部屋に合計4個の超小型隠しカメラの設置をし、持参した自分のノートパソコンで映像の角度を確認。 更に先日量販店で手に入れた機器と奈良崎のパソコンのペアリング設定を終えると、すぐに奈良崎のパソコンからインターネットにアクセスする。 目星を付けておいたゲイ向けの出会い系サイトを開くと、マッチョ同士が絡む過激なゲイビデオの映像が目に飛び込んで来た。思わずため息を吐きながらもスレッドを立てて打ち込む。 『クソペド野郎のボクにお仕置きしてくれる兄貴たち募集』 スレッドに奈良崎のスペックと氏名、住所を入力する。 あらかじめ作成しておいた、奈良崎が撮影したビデオから雪也だけ肩から上が映っていない場面をスクリーンショットで保存、その画像の自分にだけモザイク処理を施し、奈良崎の整った容姿と、子どもをレイプしている事実が一目見てわかるようにした画像をスレッドに添付した。 『小学校の先生やってるからガキレイプするのには不自由しないけど、ホントは兄貴たちにボクをレイプして欲しいんです。 輪姦されてみたいな!変態ペド野郎の雄穴ケツマンコめちゃくちゃにして!イイコにして待ってま~す!』 気持ち悪さに鳥肌を立てながら入力を終えると、次のゲイ向けの出会い系サイトを開き、同じ書き込みをする。 何度も繰り返し繰り返し、検索で出て来るだけ全てのサイトに同じ書き込みをした。ログイン情報は勿論、奈良崎の実際の本名とメールアドレス、誕生日。 書き込みが仕上がると雪也はすぐに奈良崎のパソコンのウイルス対策ソフトを停止させ、複数のマルウェアとウイルスに感染させた。 数分後、パソコンの画面がブルーアウト(OSに重大な問題が発生)したのを確認してにっこりと微笑む。 「どうか、先生に素敵なことが起きますように」 両手を組んで祈りを捧げ、雪也は奈良崎の部屋を後にした。 雪也が行った書き込みで奈良崎が児童ポルノ作成と流布で通報され逮捕されればそれも良し、自分に捜査が及んだ時にはしらを切り通す覚悟も決めている。 蒔いた種子が芽吹くのに何日かかるだろうか……。そう思うと少し不安にはなったが、掲示板に書き込んだ日の夜、雪也は自室のノートパソコンから奈良崎の部屋に仕掛けた隠しカメラの映像を見ていた。 21時過ぎに帰宅した奈良崎は、風呂を済ませるとパソコンを立ち上げようとして明らかに狼狽えていた。 雪也は笑いを噛み殺してそれを眺める。 奈良崎は一時間くらいマルウェアとウイルスに感染したパソコンをどうにか直そうとしていたが、終いにはキレてゲーミングチェアを思い切り蹴り倒す。 それから蹲って頭を抱えていた。 そのまま10分くらい経ったところで、奈良崎が驚いた様子で立ち上がった。 画面から奈良崎が消える。 玄関に向かったか。 すぐに奈良崎は戻って来た。が、1人では無かった。 体格の良い男が4人。長身だが線の細い奈良崎がまるで少年のように見えるほど体格に差がある……と思ってよく見れば、来訪者のうちの1人はアフリカ系の外国人のようだった。 集音マイクは用意しなかったので会話は聞こえないが、しばらく奈良崎と話しをしている様子だった体格の良い客人のうちの1人が奈良崎の頬を殴りつけた。 気持ち良いほどに吹っ飛び、チェストの縁に強かに頭をぶつけた様子で、奈良崎は倒れた。 男たちが奈良崎に群がる。奈良崎は口を塞がれて何かを鼻に当てられ、嗅がされている。 セックスドラッグのRushかな、と雪也は思った。 男たちが奈良崎の衣服を剥ぎ取る。 脚を左右に大きく割り開き、その間に腰を入れる。股間を探る動きが見えた。 裸にされた奈良崎が暴れ出す。が、全く歯が立たない。 両足を屈強な腕で左右から拘束され、奈良崎に男が乗り上げる。 奈良崎が叫んだのかもしれない。再度殴られた上で口を塞がれている。 男の腰が動き出した。最初はぎこちなくも見えたが、二人目からはリズミカルな動きになった。 おそらく血か精液が潤滑剤になったのだろう。 何しろ定点カメラなので単調な行為に見えたが、男たちは熱心に奈良崎を攻めている。 彼らから見れば、まだ20代で容姿の良い奈良崎は魅力的なのだろう。しかも奈良崎は子どもをレイプするような明確な悪人だから自分たちの行いを正当化しやすく、よしんば正義だとでも思い込めて都合が良いかもしれない。 予想よりも上手く行きすぎたな。 こんなに簡単なら、もっと早くこうしていれば良かった。 冷めた目付きで画面を流し見しながら、雪也は自分の頬を伝った一筋の涙を手のひらで乱暴に拭う。 画面の中では、外国人が奈良崎に覆い被さっていた。下半身の逞しい黒い肌が剥き出しになっている。 奈良崎が一際怯えたようになり、逃げようとしているが勿論逃げられない。 外国人が腰を動かす。 映像が定点なので表情はあまり明確には確認しづらいが、なんとなく苦しそうだった。 その巨体に相応しく、巨きいんだろうな。と雪也はぼんやりと思った。 と、何やら男達が焦ったように動き出したかと思えば、チンピラじみた風体の、黒い目出し帽を被った男が3人増えた。 新しく入ってきた3人と話がついたのか、最初に来た4人は帰って行った。 後から来た3人は、どうやら奈良崎をレイプしにきたわけではなかったらしい。 男たちは、呆然として抵抗も無い奈良崎を放置して家捜しを始めた。 「あ……」 約6ヶ月に渡って奈良崎と関係を持っている雪也は、奈良崎が子どもをレイプした動画や写真をどこに保管しているか全て知っている。 男たちのうちの一人がどうやらそれらを見つけたらしいことが解って、心臓が軋む。 部屋の中に、雪也の受けた被害のデータはもう無い。全て処分済みだ。 だが、奈良崎は雪也に対するレイプが初犯だったわけでは無かった。 あの男はこれまでに何人もの子どもたちを地獄に堕としている。 画面の中で、男達がデータの確認を始めた。 いつの間にか奈良崎はガムテープで拘束されて転がっている。 無駄に大きい奈良崎の部屋の壁掛けテレビに映し出されたのは、以前奈良崎が武勇伝かのように語り、行為の際に雪也に無理矢理見せたことがある、自作のスナッフビデオだった。 アジアの貧しい国に旅行に行き、現地で買った幼児を、犯しながら殺害する映像。 画面の中、男達が驚いている様子が見て取れる。彼らはビデオを8倍速くらいで流し見している。ほんの数分で上映会は終了し、三人の男は奈良崎を取り囲んだ。 音声が無いから会話の内容は解らないが、どうやら男達は奈良崎を罵倒しているようだった。 そこから先、雪也は、自分のした断罪のための仕込みを後悔することになった。 後から来た三人の目的は、奈良崎とのセックスでは無かった。 彼らはどうやら格闘技の経験者だ。小学校一年生から空手を習っている雪也にはすぐに解った。ガムテープで拘束された奈良崎に正拳突きが入った。 まるで巻き藁を殴る鍛練のように遠慮も容赦もなく、奈良崎は突かれる度衝撃に身体を派手に跳ねさせていた。 ああ、肋骨が折れたかな、肺が潰れたな。息が出来てない……。奈良崎の様子から、雪也はぼんやりとそう思った。 目的としては、奈良崎の心を壊そうと雪也は考えていた。心身にダメージを与えて、もう悪いことが出来ないように凝らしめてやろうと。 ついでに、通報されて警察に捕まればいい。相応の報いを受けさせて人生を棒に振らせてやろうと。 殺したいと、そう考えなかった訳ではないが、殺そうと思っていた訳でも無かった。 どうしよう。……どうしよう。 雪也は、まだ子どもだった。幼い頃から遭わなくて良いような目に遭っては来たが、母親に愛されて育ったし、今は奈良崎のことさえ除けば、周囲に大切にされ、周囲を大切にして真っ当に生きてきた。 画面の中の光景は、もう現実味を失うほどにどんどん凄惨なものになっていく。小学生に背負い切れるようなものではなかった。 その時、3人の男のうちの一人が、雪也が設置したカメラのうちの一台に気付いてしまった。 真っ黒な目出し帽、剣呑な目だけが鋭く光っている。どんどん画面に近づいてくる。 ぶわ。急激に背中から冷たい脂汗が吹き出す。指先まで鳥肌が立った。 心臓が割れそうだ。 大きく悲鳴を上げてしまいそうだった。 奈良崎の部屋の隠しカメラから雪也のいる部屋にアクセスなどしようが無かったが、雪也は恐怖に耐えかねて奈良崎の部屋の隠しカメラとノートパソコンとの接続を切ってしまった。 ガクガクと震えながら、雪也は両目からたくさんの涙を溢れさせていた。 恐ろしかった。あまりにも恐ろしかった。 大人の男たちの本気の暴力だった。手加減無しのそれには、一条の希望も楽観も無かった。 怖かった。もう取り返しがつかなかった。雪也はその夜、眠れないまま朝を迎えた。 奈良崎がどうなったのか、もう考えたくも無かった。無事な訳がない。あの状況では最早命があるとも思えなかった。 重い身体を引き摺るようにして登校したが、当然、クラスの担任である奈良崎は居なかった。 教頭先生が代わりに教室に現れた。 「奈良崎先生は、不幸な事件に巻き込まれて入院することになりました。」 ………ホッと、した。 入院。 どうやら殺されはしなかったらしい。 まだ心臓が落ち着かず、苦しいほどの動悸がしていたが、ひとまず雪也は安堵の溜め息を吐いた。 誰かが、騒ぎに気付いて警察とか呼んでくれたのかもしれない。 ……あ、ぼくが通報すれば良かったのか……。 でも、思いつかなかった……。 その日から数日間、雪也は食べ物の味もわからないほど動揺していた。 結果として雪也が奈良崎に与えた制裁は、幼い心のキャパを大幅に越えてしまっていたのだった。 小学校から奈良崎に関しての説明は無かったが、奈良崎は入院中に複数の罪状で逮捕された。 雪也以外にもいた被害児童数人がまだ在学中のためか、事件は公にはならなかった。 奈良崎は脛椎を損傷して首から下が麻痺の寝たきりになり、整っていた顔面の鼻は折れ、眼球破裂で片目の視力を失ったらしい。 奈良崎に暴行を加えた男達は、結局一人も捕まらなかった。 母の麗子から奈良崎の顛末を噂話のような体で聞かされて、雪也は全てが終わったことにやっと肩の力が抜けるようだった。 そして、その日の晩から高熱を出した。 「ゆきにぃちゃん!おねつだいじょぶかな、みかん食べれる?きゅうしょくのやつだけど……」 明くる日、午後まで熱が下がらず眠り続けていた雪也を心配して、正宏が来てくれていた。 正宏はくしゃくしゃと丸まって見えるくま模様のハンカチをそっと開いた。 中から出てきたのは、なんだか濡れたようなミカン。おそらく、給食で出た氷ミカンをこっそり持ち帰ってきたのだろう。 雪也が返事をするのも待たず、正宏はミカンの皮を剥き、小さな房に分けると雪也の口元に運んだ。 「はい、ゆきにぃちゃんたべて」 食欲など無かったが、無意識に口を開けていた。少しひんやりとした、でも既にすっかり溶けてしまっている氷ミカン。 「おいしい。ありがとう、まーくん」 奈良崎の件があってから無くなっていた味覚が、戻ってきた。 甘酸っぱさに唇をつぼませる雪也を、正宏は真っ直ぐ見つめて、 「早く元気になってね」 優しい声でそう言った正宏は、すぐに驚いて目を見張る。 「え、ゆきにぃちゃん?どうしたの?どっかいたいの?」 「………っ、……ひ、……っう、うぅ、うわあぁああ」 決壊した。 やっと戻ってこれた平和な日常に、雪也は物心ついてから初めて、人前で声を上げて泣いていた。 心配した正宏が雪也の背中を優しくとんとんと叩き、頭を撫でる。 自分よりずっと小さな正宏がとても頼もしく感じられて、雪也はやっと辿り着けた安心できる場所にすがり付くように、正宏を強く抱き締めた。 正宏が隣の自宅に帰った後、まだ下がりきらない熱でうとうとしながら、雪也は夢を見た。 初めは、いつも通りの悪夢だった。 苦痛と吐き気に満ちた、望まない汚い経験のトレース。 ところが、泣いている子どもの顔をよく見てみると、それは自分ではなかった。 まーくんだ。 正宏が、犯されていた。 そして、暴行を加えている犯人は、雪也自身だった……。 雪也は、初めて体液で下着を汚して目を覚ました。 性教育の授業で習ってはいたし、男の生理については無駄に良く知っている。が、ショックだった。 精通したが、それがまさか、まさか……。 受け入れられなかった。何かの間違いだと思いたかった。 「ぼくが、まーくんにそんなこと、したいわけない…………したいわけ、ない。」 自分は、あいつらと同じ怪物になってしまったのか。 奈良崎をあんな目に遭わせたバチが当たったの? どうして、どうして。 混乱する日々が始まった。 つづく

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