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第5話 そばにいたくて
「もう、ほんとに無理。」
多分毎回言っているな、と雪也は自嘲した。
先月から毎週末、土日のうち少なくとも一日は正宏のための時間を取っているが、二人きりになると無防備が過ぎるし、夏だというのにお構いなしにすぐゼロ距離になる。照れるくせにやたらとひっついてくる。頻繁にうっとりと雪也の顔を見つめてフリーズし、頭を撫でて欲しいのをジェスチャーでねだったり、雪也にくすぐれと言う。
何度犯しそうになっただろう。
やたらくすぐって欲しがる理由について考えると危険極まりないので、必死に思考を停止させ、対戦式のゲームに誘ったり、天気が良ければ図書館や公園やプールや、出来るだけ他にも人が居る場所に一緒に行こう、と誘うようにしている。
でもどうやらいつも、正宏は雪也と二人きりで過ごしたいようだった。
その理由にも簡単に思い当たるが、危険なのであまり考える訳にはいかない。
今週も朝から公園で遊んで汗だくになって、その後プールに行って遊んで、さっき帰ってきたばかりだ。
雪也はそのまま解散しようとしたが、正宏はもっと遊ぶ、と雪也の部屋の中まで着いてきてしまった。まだ3時だ。ちょっと帰って来るのが早すぎたか。
「もう、頭からバリバリ食べちゃってもいいかな」
また据え膳を前にした独り我慢大会が始まってしまった。
いっそ思考の一切を放棄して、思うさま貪りたい。
「いいよ、ハイ」
正宏の差し出したミニサイズのたい焼きを受け取って、クスクス笑う。中にはチョコクリームが入っている。
「ほんとに、もう可愛すぎてしんどい」
「?」
「まーくん、指にチョコ付いてるよ」
言うが早いか、雪也は正宏の右の人差し指を口に咥えた。チュッと音を立てて吸うと、すぐに放す。
かすかにチョコレートの味がした。
「アッ」
雪也の綺麗な唇と滑る舌の感触に指から背筋に強い快感が走って、思わず濡れた声を上げ、正宏は雪也の唇にもう一度指を近づけると
「もっかい……」
と言う。
「お耳と、指ならどっちがいいの?」
笑いながらの問い掛けに、正宏は腰からふるりと震えた。
「みみ」
真っ赤な顔で言って、すぐに俯いてしまう。
「お耳がいいの?」
「……だって、こちょばいから」
「まーくんは、くすぐったいのが大好きなんだね」
答えず、正宏は黙って恥ずかしそうに目を閉じた。
まるでキス待ちしてるみたいだな。
しちゃおうか。あの口の中、舐め回したらどんな感じがするんだろう。
そんなことを考えながらも正宏の視界には入りにくい耳の裏に口付け、そっと内側にも舌を伸ばす。
びくん、正宏の背中が跳ねる。
「あ、あっ」
「ぼくの、まーくん」
「ひゃ、ああぁ」
「もう、早く大きくなってよ。いつまで待てばいいの。」
低くかすれた余裕の無い声が、耳の奥に響く。
「あー……」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ、息苦しくて熱かった。
「こんなにも誘っておいて、煽りまくっておいて、なんで何にもわかってないの……」
責めるような言葉は何故か、とても困っているように聞こえて、心配になった正宏は瞑っていた瞼を開く。
「ゆき、にぃちゃ」
雪也が舌を突き出しているのが見えて、あまりの艶かしさに頭がクラクラする。
何やらゴツゴツと懐中電灯みたいな硬いものがずっと腿に当たっているけれど、それももういつものこと。
そんなことより、雪也の余裕の無い表情や、声や、熱の籠った吐息の方が重要だった。
「ああ、もう、かわいい」
正宏の耳を舐め倒し、過ぎた快感にフラフラになった正宏がゆるく逃げようとするのを後ろから捕まえて後頭部に軽く噛みついた。
固めの短い髪を噛り、食むようにしゃぶり、頭皮を執拗に舐め、吸って、愛撫する。
正宏は何をされているのか自分からは全く見えず、またしてもくすぐったくてよくわからなかったが、何故か身体中が熱くて、そして途方もなく嬉しかった。
雪也が何らかの執着を自分にぶつけてくれていることが、正宏にはたまらなく嬉しい。
泣き出したくなるほど、胸の奥が甘く痛む。
雪也が求めているものが何なのか、何を我慢しているのか、正宏にはまだ何もわからなかったが、それがどうやら自分のせいらしいことこそが嬉しかった。
誕生日、正宏が10歳になったことを両親はもちろん、雪也も喜んでくれた。
両親は共働きなので、お祝いのケーキは夕食時のお楽しみだ。
誕生日だから中学校が終わったら遊んでくれるようにと、正宏はあらかじめ雪也との約束を取り付けていた。
「雪にぃちゃん、おれ、もう大きくなったよね!もう、ガマンしなくていいよ。したいこと全部全部したらいいよ!」
2人きりになった部屋で、正宏は意気揚々と真っ直ぐに雪也の目を見て言った。
当然喜んでくれるものだと思って。
醜い欲望のリミッターを解除しろと言ってきた相手が、どう見てもまだまだ幼い子どもなので、雪也は曖昧に笑ってありがとう、と流す。
正宏は不満だった。もっと諸手を挙げて歓迎される提案だと思っていたのに、雪也の反応がどこか冷ややかだと感じたから。
「もー、雪にぃちゃん、おれにしたいこと全部したらいいよって言ってるのに」
「…………あはは、うん。ありがとう。でも今日は普通にあそぼ。ゲームしよっか。あ、その前に」
ハイ、と雪也の差し出した緑色の綺麗なラッピングバッグを受け取る。
「お誕生日おめでとう。」
「ありがとう!開けていい?」
「もちろん。」
ラッピングを丁寧に開け、中の水晶を取り出すなり、正宏は目をキラキラさせて喜んだ。
雪也のかけた時間と労力が充分に報われるほど嬉しそうにプレゼントを光に透かして眺め、苦労した細工をうっとりと眺めている。
「ありがとう、雪にぃちゃん、これおれの宝物にしていい?」
「うん」
「わぁ、中に虹が見えるよ」
「うん」
「すごい、やっぱり雪にぃちゃんはすごい!こんなの作れるんだ!」
興奮気味に褒められて、雪也の心がほっこりと温かくなる。
やっぱりこの子が大切だ、と感じた。大切にしなければと思えた。
「だっこー!」
「はいはい」
抱き上げて欲しいと両手を伸ばされ、当たり前のように抱きしめて持ち上げると、正宏は雪也の頬にちゅっと音を立ててキスをしてきた。
少し口が開いていたんだろうか、唾液がついてヒヤリとする。
「……っ!?……」
驚きながらも正宏を下ろしてやると、なんてことも無さそうに手のひらの水晶をまた嬉しそうに眺め始める。
雪也はまだ濡れた感触のする頬を指で拭った。その指をしばらく無言のまま見つめる。
「……………なんでだよ」
理由?そんなものとっくに知っている。この子は、僕を好きなんだ。そうじゃなくて。
なんで、人がお前の為に必死に抑えて隠そうとしている衝動を、こうやって暴こうとばかりする?
僕はお前を守ってやろうとしていただろう。
傍に居たい気持ちを諦めて、会う機会自体減らして、できるだけ二人きりにならないように気を遣って来たじゃないか。
僕を、これ以上悪者にさせないでよ。
完全にお門違いの苛立ちだったが、正宏の幼さが、無邪気さが、無知さが、一気に憎らしく思えて、雪也は歯を食いしばった。
本当はわかっている。正宏が何も悪くないこと。でも、もう何も悪くないことこそが、許せなかった。
雪也はやがて正宏に向き直ると、
「腹の中、滅茶苦茶に犯されたいのか?ついさっき自分からそういう意味のことを言ったんだよな?わかってんのか?」
低く小さく、ぼそぼそと早口で捲くし立てながら、水晶を持った正宏の手にキスをした。
雪也の言った言葉を聞き取れなかった正宏は、
「何してるの…?」
とニコニコ顔のまま雪也の行為の意味を訊いてきた。
「……まーくんを守ってくれますようにって、おまじないだよ」
先ほど雪也が発した普段とは違う口調の本音は、確かに正宏の耳にはまじないの呪文のようにしか届かず、何も疑問に感じなかった。
正宏は、嬉しさでいっぱいだったが、雪也の唇が指に触れた時の感触でこのところ良くされている耳への愛撫が思い出され、急に気恥ずかしくなってしまった。
首まで真っ赤になって俯く正宏を、雪也は抱きしめて何度も背中をなでながら「かわいい」と繰り返す。
「まーくん、あそぼ。目隠しして、くすぐるの。見えないと余計に敏感になるらしいよ」
「?うん、いいよ」
わけもわからず了承して、おとなしく目隠しを付けられた。大判の薄手のハンカチのようだった。生地と色が薄いので光は感じるが、折り畳まれているので透けて見えたりはしなかった。
「はずかしい気持ちがする……」
従順になんの疑いもせず従いながらも、消えそうな声で言った正宏の声に、何かがぶつりと切れたような気がする。
「もうだめだ、無理だよまーくん。ぐっちゃぐちゃにしてやりたい。誰にも渡さない。」
もう何年も。
寸止めで耐えるようになってから数えても何か月も、ギリギリで踏みとどまってきていた欲だ。
毎回のようにもう無理だ、我慢なんてしきれないと言いながらも今までどうにかこうにか抑えてきたのに。
正宏の耳にしゃぶりつくと、穴を舌先でつつき回し、耳たぶに歯を当てて舌で擦った。いつもの優しいくすぐりとの明らかな違いに、小さな身体が強張る。
正宏を床に寝かせるとすぐに上から覆いかぶさり、正宏の両足の間に膝を入れると股間を何度も押し上げた。直接性器や尻を刺激してやるのは初めてだった。膝から腿にかけて、ふにふにとした睾丸の感触と、少しずつ芯のできていく小さな性器の変化が伝わってくる。
尻を掴み、服の上からふっくらと柔らかい尻を揉んだ。尻の谷間を指で繰り返しなぞると、正宏が悲鳴じみた声を上げる。
もう明らかにくすぐったさではなかった。
完全に性的な接触に翻弄され、軽くパニックになった正宏はとうとう泣き出してしまった。
「いったの?」
雪也の問いの意味も理解できずに恥じ入って顔を両手で隠したまま、正宏は逃げようとしたが腰は抜けていてろくに歩けなかった。すぐに捕まってベッドに座った雪也の腿の上に乗せられ、後ろから抱きつかれる形で座らされる。
また執拗に耳を攻められ、服越しに股間を弄られ続けた。涙で前が見えないほど泣きながら、正宏は耐えきれず漏らしてしまった。せっかく大きくなって雪也の役に立てると思った矢先、雪也のベッドでおもらしをしてしまったショックでもう完全にパニック状態だ。
「お布団が、ご、ごめんなさ、いぃ、ごめんなさい」
「大丈夫、わかってるよ」
雪也は必死に謝る正宏を慰めるふりをしながら抱き上げた。
「いいよ。お風呂で体洗ってあげる」
声色だけ優し気だったが、正宏の気持ちなどもう思いやる余裕はとうになかった。脱衣所で自分で脱げる、と嫌がる正宏の服を無理やり脱がし全裸にさせ、自分で洗うというのを無視して体を洗う。
これまで、自分を信用できなくて極力見ないようにしてきた正宏の身体は、改めて観察してみるとまだどこもかしこも雪也より小さく、細く、幼かった。
無理だな、と感じた。かろうじてブレーキがかかる。
尻穴を無理矢理拡げ、そこに自分の性器を捩じ込もうとしていたが、不可能だと思った。自分の成熟に近いグロテスクに血管を浮かせて起ち上がっている男性器の中ほどを人差し指と親指で握ろうとし、回りきらないので中指と親指に替えて太さを確かめる。
行為のための相応の薬剤を持ち合わせていない。浴室にあるもので使えそうなものといえばヘアコンディショナーくらいで、それだけではケガをさせてしまうだろうことは明白だった。
「…………」
もうほんの少ししか残っていなかった理性だが、それでも正宏にケガを負わせることだけは許さなかった。
雪也がもう少しで冷静になりそうだった時、正宏がまだ涙交じりの声で、
「雪にぃちゃん、ごめんね。わざとじゃないよ。わかんないけど、勝手におしっこ出ちゃったから、ガマンできなかった。……ごめんなさい。」
恥ずかしそうに謝るが、完全に墓穴だった。下がった眉、紅くなった頬と鼻、一生懸命雪也を見上げて視線を合わせ、健気が過ぎた。
「うん……。大丈夫。ちゃんとわかってるよ」
深い溜息を吐いてから掠れた声で言い、必死に理性の欠片を継ぎ合わせようと努力しながら正宏の頭を慰めるつもりで撫で、背中をポンポンとたたく。と、何故か正宏が雪也の方へ振り向き抱きついてきた。
「雪にぃちゃん、だいすき!」
あーあ……。
もう。
どうして、この子はいつもこうなの。
喰われたいのか。目の前にいる怪物が、お前には見えないのか。
密着した肌の感触に、もうなにもかもどうでも良くなってしまいそうだ。
「ダメだよまーくん、ガマンできなくなっちゃう……」
正宏を壁側に向かせ、腹が壁に付くように押し付けた。
「まーくん、目、つむってて。こっち向いちゃダメだよ」
正宏の頭を振り向けないように左手で押さえ、首に舌を滑らせる。
「や、こちょばいよ、あ、あっ」
唇で優しく咥えるように吸いながら、背中から尻まで舐め、正宏の尻の一番高いところを舐めた。
それから小ぶりの尻を両手で掴むと左右に押し開く。
「…………っ」
ごくりと、喉が鳴った。
「わぁ、すごい。かわいいね」
思わず、自分の性器の根本を握った。
「ちっちゃいな……まだ、ムリだろうな」
何を口走っているのかももうよくわからない。
やっと、直に、正宏の尻穴めがけてガチガチになった肉を押し付けた。湯で濡れているせいか、押し付けた力のまま上滑りしてずるんと尻肉に挟まれる。
「ホットドッグみたいだな」
正宏の腰を掴んで、繰り返し尻の谷間で自分を擦った。正宏の身体を勝手に使った自慰に過ぎなかったが、視覚情報だけならまるでセックスのようだった。
時折、みし、と穴が軋むほど押し付けながら、このまま刺し貫いたらどんなにか正宏が泣くだろうかと妄想した。
泣き顔を思い浮かべると、あっという間に限界だった。
「どうしたの?もう、さっき洗ったよ?」
正宏が心配そうな声で言いながら振り向こうとするのをまた左手で後頭部を押さえて止め、
「もうちょっと、だけ」
切羽詰まった声で溢して、正宏の腰を抱き寄せた。立ちバックのようだった体位がバックになった。上から覆いかぶさって背中に強く擦り付けるが、ヘチマたわしで擦られるような乱暴さに、何が起きているのか解っていない正宏はもうキョトンとしてしまっている。
「雪にぃちゃん?」
「あ…っ…」
射精の衝撃に、つい声が出てしまった。
正宏の目を手で塞いで、腿にかかった精液を慌ててシャワーで流す。
「…………」
正宏の尻を再度両手で押し広げ、硬い肉棒で擦られすぎてやや赤くなってしまったそこに舌を伸ばした。半ば恍惚となって舐めまわす。
「ひゃああぁっ!」
正宏が膝をガクガクと揺らし、すぐに立っていられなくなったのを支えながら執拗に舐めた。
舌を尖らせてグッと押し入れる。
「や、やだよぅ、やだ、やあぁ」
緩急をつけて舐め続けているうちに、正宏は荒く息をしながら泣きそうな声を上げ続け、仕舞いには全身を大きく震わせて果てたようだった。まだ射精はできないが。
ぺたん、と浴室の床に座り込んでしまった正宏を優しく抱き寄せ頭を撫でると、耳元に口を寄せ、
「……まーくんがもっと大きくなったら、ちゃんとしてあげるね。擦り付けるだけじゃなくて、全部、根元まで入れてあげるから。……足にかけるんじゃなくて、ちゃんとお腹の中で全部出してあげるからね。ああ、かわいい。僕のまーくん。早く大きくなってね」
たった一回射精したくらいで収まる情動ではなかったが、散々泣かせたことで大きな満足感があった。
自分の異常さに絶望しながらも、雪也は弄ばれた可哀そうな正宏のフォロー(後始末)に集中することにする。
ああ。もうだめだ。誰か、誰か、この子を守って。僕から引き離して。守ってあげて。
もう何度目かわからない。泣き言を頭の中に繰り返す。
正宏の前では自分の欲望を飼い馴らすことができないということを今回もまた思い知った。泣き出しそうに後悔しながら、それ以上の悦楽で、もう自分は狂ってしまっているんだと感じる。
この日、正宏が隣家に帰って行った後で選択肢がほぼ決まった。
進学先は正宏に教えない。受験を理由に遠ざけて、もう関わらないように。僕があの子の傍にいたところで、幸福になれるのは僕だけだ。僕は、僕は……あの子の人生にとって、害虫みたいなものでしか、ない。
愛している。だからこそ、もう傍には居られなかった。
つづく
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