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依頼
「いらっしゃいま…せ…」
葬祭会館の入り口、右に曲がると仏具等を販売しているブースがある玄関とも言えるところに、スーツ姿ではあるが大層身なりのいかつい男が3人やってきていた。
受付の女性は顔がこわばり、なんなら少し体が震えている。
「怖がらせるつもりはないんだよ。木下さんに用があってきたんだけど、いらっしゃるかな」
先頭にいたワックスの髪を後ろに全て撫で付けている男が、受付前に立ってフルフルしている女子社員に優しい声で話しかけた。
その声に多少は安堵したものの、どうみてもその筋の人だと思うと身体がすくむ。
「あ…え…と木下は…本日休み…をとっております…」
カウンターの下の本日の出社という紙をみて、女子社員は答えた。
「そうか〜休みね、わかった。ありがとうね怖がらせてごめんな」
そう言いながら後ろの男に渡された紙袋をカウンターに置いて
「これ、手土産。ケーキだから早めに食べてね。女の子の分しかないから、女の子だけで食べな」
じゃ、と言って3人は社屋から出て行った。
震える手で紙袋を下ろして中を見ると、1番上に『等々力組 飛田 彰』と書かれた名刺が乗っていて『また来るね』と書かれている。
いないのは想定済みで、今日はただの脅しだったらしい。
女子社員はそうとは気づかずに後ろにあった椅子にぺたんと座り、しばし放心してしまった。
「怖かった…」
じんわりと涙が滲み、やっとの思いで立ち上がると震える足で事務室へと入っていった。
「はい、親切丁寧がモットーの中条探偵事務所中条です!」
事務所の電話だろうがスマホだろうが、中条はいつだって元気にこの挨拶で電話をとる。
『え…面白いけど、あ伊丹です。伊丹賢也。蓮清堂用賀支店の』
「あ、はいはい、社長っすね。いや面白いって。こっちは一生懸命なんすから。で、さっきのメールなんです?」
事務所の電話にかかってきていたので、スマホを開きながら先ほど送られてきた請求書を開く。
『見てもらえましたか。あれ、先日話したうちの社員が持っていた物なんですよ。等々力組ってヤクザですよね。それとも真面目な建設会社かなんかですか?今日会社にも来たんです』
請求書を眺めながらその名前も確認して
「会社にですか…等々力組は正真正銘のヤクザですよ。社員さん何やらかしたんですか」
『全くわかんないです。それに、女子社員の人数分のケーキまで持ってきて、なんの意味があるのか…単に本当に手土産なのかもわかりかねて…』
中条の眉が寄る。
「ああ、それ脅しっすね。会社の社員人数把握してるよっていう脅しです。まあ何かする…ってことはないでしょうが、その尋ねられた社員さんの出方次第ではわからんよ…って言うね」
電話の向こうで流石に賢也も言葉を無くした。
『はあ…ともかくこちらは何もわからないもので…対処しようにも手も出せなくて。この一件、中条さんにお任せしても良いですかね…』
え?それは!
「それは、正式な依頼ってことですか?」
思わず声が弾んでしまった。
『はい。こちらとしましても、ヤクザと関係のある社員は少々考えざるを得ないのですが、もしも一方的に絡まれているのであれば、社を挙げて弁護士なり立てる気持ちはありますので、そこのところを調べていただきたくて』
まあそうだよな、と思う。多分だけど真っ黒なはずだが、依頼となれば話は別だ。きっちり調べて報告書まで持っていかなければ。
「了解いたしました。それでは、本日お伺いして契約書等にお名前いただく様になりますがいいですかね。社内がご迷惑なら、ご指定の場所へ赴きますが」
結果、午後3時に会社にきて欲しいということになった。
「し〜のだ♪」
有頂天にも語尾に音符なんかつけて中条が時臣の下へやってきた。
「なんだ、浮かれてんな」
夕飯時ということで、今日唯希 はシュウマイを作っていた。
「そのご機嫌っぷりは、まさか!」
ひき肉をこねながら唯希がそういうと
「唯希ちゃんわかるぅ〜?新規の依頼が入ったんだよ〜」
まあ探偵をやっている限り、依頼が珍しいものでもないが、この浮かれようは…
「なんとね、蓮清堂用賀支店の社長から!」
「「はああ?」」
時臣と唯希の声が重なった。
「なんでまた…」
ひき肉をこねる手も止まり、唯希の口があんぐりと開く。
「まあ、俺がたまたま通夜に行った日に話が聞けただけってことだけどさ。天野に行かなかったのはなんでかなとは思うけど、まあ仕事ゲット。でも協力してほしい」
いきなりかよ!時臣は呆れてデスクへ戻り、空気清浄機のスイッチを入れてタバコに火をつけた。
「いやさ、さっきの請求書。やっと社長から名前聞けたけど、やっぱり木下っていう社員に来たやつだった。篠田 の予想通りだ」
何度も浮かぶあの嫌な笑み。やっぱりあいつか…
「あ、じゃあ、製作代ってもしかしたら、あのマインドコントロールを施した問題文の背景のことじゃない?」
ひき肉を捏ね終わって、今度は皮に包む作業をしながらの、会話参加。
「俺もそうは思ったんだがなぁ…なんで等々力組が出てくるんだ。そこでちょっと行き詰まった」
咥えたタバコに灰が連なるのを唯希に注意され、時臣は灰皿に肺を落とす。
「お前等々力組の、なんだっけ飛田?知り合いだろ?聞いてみれば良いじゃん」
中条が軽く言ってくれるが、必要以上にヤクザとも絡みたくはないというのは信条でもある時臣には、よっぽどではないと連絡をとりたくはない。
「よっぽどですよ?もうこうなったら」
その信条を理解してる唯希が心を読んだ様に言ってくる。
「まあ…そうかもしれんが…」
「でさ、今日会社にも等々力組の誰かが来たらしいよ。あ、そうそうそれも飛田だったらしい。名刺も置いてったって言ってたし。女子社員分のケーキ置いてったっていうからさ…」
「うわ…完璧脅しじゃないですか」
唯希も鼻の上に皺を寄せる。
「だろ?俺もそう思って一応社長には伝えといた。木下さんの出方によるけどって」
「ヤクザが絡む時って大抵が金だろ?こんな20万ポッチで動くかな。そこがちょっとなあ」
タバコを灰皿に押し付けて、もう一本に火をつける。
「俺そこちょっと調べてみるわ。確かに20万ぽっちでヤクザ動かねえよな」
中条はスマホにメモをして、明日にでも動くわ、と呟いた。
「そう言えばな、結城さんから連絡あってこの間の『塾』のガサのとき確保した男さ」
煙をゆっくり吐きながら、時臣は内容を思い出すように話し出す。
「ああ、鹿島って言ったか、そいつと葬儀屋どっか関係あったのか?」
「それがまったくなんだってよ。鹿島もあの場にいて、なんかの暗示にかかってたんじゃないかって疑うほど記憶が消えてる様な感じなんだと。スマホも、消去したくらいじゃサルベージできるはずなんだが、ガサが入った瞬間にあいつスマホレンチンしたんだってよ。相当だろ」
「あっぶね!爆発しなくてよかったな。そこまでとなるとかなり言い聞かされてるって感じだな。まあ、そんな行動させること自体が怪しいけど、連絡ツールやられたら決定的な証拠にはなり得ないな。あとは口を割らないだけか。記憶が消えてるみたいなのも演技なのかわからんぞ」
「ちょっと薄い記憶なんだが、瀬奈くんだか龍平くんだったか部屋がいい香りしてたって言ってなかったか…お香じゃなくアロマっていうのかなんかって」
時臣も、自分の覚書をパソコンで探してみるが、唯希がシュウマイ製作の手を止めて、洗った手で手持ちのメモ帳をペラペラとめくりあげた。
「龍平くんですね。カラオケスパークで今ボスが言った様なこと言ってます」
唯希の方が早かった。
「急になんだよ」
中条が首を傾げる
「香りでなんかマインドコントロールまでいかなくても、暗示みたいのかけられるものかなと思ってな…後で先生方に聞いてみよう。もし出来るとしたら、鹿島というやつも多少はなんらかの…って思ってさ」
「随分人を操ることにこだわってますよね」
「自分に自信がないんだろ」
へっと笑って、またタバコに火をつける。唯希は吸いすぎだと思ったが、今は仕方ない。
唯希はすでに富山 に連絡を入れていて、
「あ、先生ですか。篠田エージェンシーの小宮です。先日は…え?やだ〜先生ったら、もうセクハラですよ〜ぅ。やめてくださぁい」
時臣は中条と顔を見合わせ、よくわからない笑みを交わし合った。
「それでですね、ちょっとお聞きしたいことがあったんですけど」
『はいはい、なあに?』
「香りでね?人の思考をどうにか出来るものなんですか?例えば恒常的に香りを焚き続けてっていう』
電話の向こうで、なにやらパソコンをカシャカシャする音が聞こえ、
『うん、そんなに強力ではなさそうだけど。なんらかの効果はあるみたいだね。でも香りは『かけやすい環境を作る』の方が正解かもしれないよ。香り自体が催眠やマインドコントロールできる、とは断言はできないね。なんかあったかい?』
「あの『塾』にですね、常にいい香りがしていた、という話を思い出したんですよ。そこにいた世話係の人もなんらかの暗示にかかっていそうで、そのせいかなって思いまして」
『じゃあその人も、何か目で見えるものでかけられて、香りで効果を上げられてたのかもしれないよ』
「そういうことになりますか…わかりました。どうもありがとうございます、いつも助かります」
『いいえ、いつでも連絡してきてね。唯希さんなら大歓迎だよ』
「もーせんせいお口が上手なんだから、私は結構中華が好きです〜、なんちゃって〜」
『おおいいね、じゃあ今度ご馳走させてよ』
「あら、いいんですか?じゃあ予定空けてお待ちしますね〜 それでは〜」
『はい、またね』
側の2人はーあの先生大丈夫か?ーと信頼度とは別なところで心配になっていた。
「唯希ちゃんがお口がお上手っていうとエロいなぁ」
中条がなんだか宙空を見ながらつい口から出ちゃった風にいうと
「は?中条さんまた私を怒らせたいの?」
今の電話とは打って変わって厳しいお言葉。
「うへえ、差別だ」
「何でもかんでも差別じゃないですよ。今のは『区別』です」
スピーカーで聞いてたので、話の内容は解っている。
「香り自体にはあまり期待はできないのか、じゃあ鹿島もまあ…メールやLINEなのかな。毎日何かが送られてきていたんだろうな」
「そういう見解しか出ませんよね」
再びシュウマイ作りに戻って、唯希は捏ねたひき肉を丸めて皮で包む作業を続けた。
「どうせ食べてくんでしょ」
中条に冷たい目を向けてやるが
「その気なかったんだけど、シュウマイうまそうだから食わせて」
もー、などと言いつつ、タネも余りそうだしと思い、新たな皮の袋を開けた。
そんなやりとりを見聞きして、時臣は
「あれ…今までなんの話してたんだっけ」
と会話迷子になっていた。
「つまり、ボスが飛田さんに連絡をつけるか否かって話です」
「ぜってーちがうよな」
唯希はニコッと笑って、さて、あと10個 とか言いながらシュウマイの皮を取り上げた。
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