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嗜好

 次ぐ日に中条は綾瀬と連絡をとり、空いてる時間に会えないかを交渉した。  賢也から送られてきた、木下宛の請求書の内容を探るためにまずはあの問題動画の作成料金等の相場を聞きたかったのと、白魔術師と黒魔術師の相場の違うところも把握しておきたかった。  あとは純粋に借金かもしれないから、木下を張って出入りの飲み屋や金を使いそうな場所を特定してそこに探りを入れようと言う計画だ。  張り込みは少し日数がかかるからと時臣も駆り出され、一緒に綾瀬のところに行ってから、交代1日おきで木下を張ることになった。  連絡をとったその日の昼に、綾瀬は時間をとってくれた。予約が午後遅いと言うことで午後1時にお邪魔する。  綾瀬は誰もいない待合室に通してくれて、ーまず先にーと話したいことがあったと話を切り出した。 「あの学生たちが、母親を避け気味にしていた件なんですけどね、私ちょっとあの問題の画面の背景見返したんですよ。どこでそのマインドコントロールが施されていたかも気になっていたのでね。そして後ろの黄色い文字を虫眼鏡でみていましたら、『こいつにころされる』と言う文字の他に、本当にまばらなんですが『母親もお前を狙っている』と言う文字が入っていました」  あの細かい文字列を全部見たのも驚愕だったが、あの中にまだマインドコントロールする要素が組み込まれていたと言う方がもっと驚きだった。  あまりにも容赦のない攻撃に思えてくる。 「あの中に、組み込まれていたと…」  やや重めな時臣の声に、綾瀬はーはいーと答えた。  母親を避けていると言うのは、伊藤瀬奈の件で気づいたことだったが…ガサの時も、母親と目を合わさない学生を何人も見て、痛ましい気持ちになった。  どこまでも追い詰めるやり方に、怒りを覚えた感情にさらに油を注がれた思いがする。 「女性は感性が細やかですし、まして我が子のことになると敏感に察知するのが母親です。そこを避けたんでしょうね」  イライラが増すが、取り敢えずそこはもう学生も家に戻っていることもあり、そう言う事実があったとして収めるしかない。  今は今のことを考えなければ。  中条はまず綾瀬の、マインドコントロール的な仕事の相場を尋ねることにした。 「基本的に、ホワイトの方は無料でやってます。医療行為と連携してますので、その方の医療費が下りた後に先生からお気持ちとしていただく感じですね」 「え、そんなのでいいんですか?」 「いや、でも先生にもよりますが、意外と頂けるんです。しかし私も仕事の片手間なので、それも申し訳ないとは思いますよ。洗脳等を解く行為は保険適用外ですから、まともに治療したらただでさえご苦労されている方のご負担になりますしね」  ホワイト魔術師は、心もホワイトなのか…と中条なんかは女神様を見る様な目つきで綾瀬を見ている。男性ではあるけれど。 「それでブラックの方は…」 「今のお話と真逆ですね。あの者たちは、お金で動いていますし以前にも話しましたが怖い世界と繋がっていることの方が多いんですよ」  まあ…今回も関係あるとすれば等々力組出てきてるしなあ、そう考えるとやっぱりこの請求はあの問題文の背景の作成費なんだろうか。 「じゃ相場というのは?」 「黒い方々には相場はないと思っていいです。その時に必要な金を乗っけて法外な金額を請求したりしてきますからね」 「ではこの請求書を見ていただきたいんですが、かなり良心的な方ですよね。だったらこの請求は『塾』の背景制作費ではないと思ってもいいんでしょうかね」  中条がアイパッドに、賢也から送られた請求書を開いて綾瀬に提示した。  綾瀬はそれを見て 「はあ、確かにブラックな方からの請求にしては良心的ですね。でも、請求書はこれ一枚だけですか?」  2人の背筋が伸びた。  確かに…。これはたった一枚だけを見せられてはいるが、もしかしたら他にもあるかもしれないのだ。  この一枚が良心的でも、これが10枚あったらそれなりにいい金額になる。 「なんで思いつかなかったんだろう…」  痛恨だった。相手がヤクザでこんな金額でと思った時に考えが及ばなかった自分たちを恨む。 「ええと、でしたら、ブラックでもこの金額でやるかもしれないことはあると…」 「まあ、相場はないので儲けの使用目的や相手の資産等を見極めて設定する者もいなくはないでしょうね。でも私が見る限り、あの背景の制作費がこの金額だとしたら、安いと思います」  その金額が安いのは何故か…そこも中々に焦点になるのかもしれない。 「わかりました…では、お時間いただきありがとうございました。また何かの折には連絡をさせていただきます」 「お役に立てましたかね。なんでもお話に来てください」  髪をハーフアップにしている綾瀬は、にこりと微笑んでーお茶も出さずにーをお詫びをしてくれて、整骨院の入口まで見送ってくれた。 「女神や…」  玄関を出て中条は天を見つめて手を合わせる。 「男だって」 「男神だ〜」  冷静なツッコミにも負けずに未だ天を仰ぐ中条をそのままに、時臣は一度賢也にも会ってみようと思っていた。 「なあ中条」 「ん?」  中華屋のラーメンは、なんでこんなに美味いんだろう。  家系だの二郎系だの濃ゆいドロドロの汁もいいんだけど、こういった街の中華屋の醤油ラーメンは、なんとなくホッとする。2人は遅い昼食をとっていた。 「レバニラ食っていい?」 「いいけど、俺呼んだ理由それ?俺も回鍋肉くれ」  時臣はラーメンと餃子と回鍋肉。中条はラーメンチャーハンレバニラ炒め、を各々頼んでいて、そうなると隣の食べ物は美味しく見える現象も起こる。  まあテーブルに置かれたもの好きに食おうぜと言うことで、再び食べ始めるが、 「ああ違くて、蓮清堂の…あ、用賀支店の社長に俺もあってみてえんだけど」 「会ってどうすんの」 「話がしたいんだよ。木下の事もあるし、社長自身はどう考えてるかとかな」 「まあ、俺経由だとわかりにくいこともあるからな、じゃあ後でアポ取っておく。それまでには木下の尾行でなんかの結果出さないとな」 「まあそうだけど」  ホッピーと書かれた小さなグラスにビールを注ぎ、意味もなく乾杯をして飲み干す。 「先は長いのかねえこの一件は」 「老い先長く、仕事は早く、が理想だよな」 「全くだ」  木下は結構真面目でほぼ会社と家の往復の日が続いたが、ある日の水曜日いつもと違う道を辿っていた。  今日の張り込み当番は中条で、毎日のつまらない動きとは違う行動にちょっと湧き立つ。 「やっと動き見せるか〜、クソ真面目なおっさんめ」  社長(賢也)から年齢は聞いていて、自分らとほぼ同年代だとはわかっちゃいるが、見た目がきっちりしているので少し年上に感じる。ーお前がチャラすぎんだよーと時臣には言われるが、まあ好きでしてる格好だしまあいいか。  そんな今日のいでたちは、アロハにハーフパンツだ。  木下は会社を出て暫く行ったところでタクシーを拾い、自宅とは真逆な方向へ走り出した。  中条も急いでタクシーを拾い、探偵の常套句 「前の車追ってください」  を運転手に告げる。こう言われると運転手も乗り気になってくれて、ー追ってるのバレないようにしますからねーなどと言ってくれて、車線を変えたり間に車を入れたりなどして色々やってくれる。 「このままだと川崎にでますねえ」  1台前に置いて追っている運転手がそういうと、上に青看がでてまっすぐが高津区の方向だと表示されていた。 「川崎?何しに行くんだろ。例のやつの絡みかな…運転手さん見逃さないでよ」 「任せてください」  真剣な探偵とノリノリの運転手。車は案の定高津区に入り駅前の大きな道路沿いで木下は降りた。  止まったタクシーを追い越しながら木下をみていると、降りた正面の商用ビルへと入っていく。 「運転手さん、これ、置いてくからちょっと下ろさせて。すぐ戻ります。あいつが入る店見てくるから」 「はい、大丈夫です、お待ちします」  取り敢えず貴重品は入っていないバッグをシートに置いてそういうと、中条は車を飛び出して、ビルの前までは走ったが中を覗くと木下はちょうどエレベーターに乗るところだった。  それを見送って、何階で降りるかを表示で確認し階段を駆け上がった。  エレベーター脇の店案内を見たら、木下が降りた3階はバーが3軒とキャバクラが一件だ。 「どうせキャバなんだろうな」  などとぼやきながら一段飛ばしで登り3階で壁から廊下を覗いてみた。  今度もちょうど、会社から見てきたスーツがとある店に入っていったのを確認。  中条は店の前までゆき、屋号をスマホで撮りタクシーへと戻った。 「掴めましたか?」  前のめりで運転手が聞いてくるのに 「おかげさまでなんとかね、あのビルは飲み屋ビルなのかな」 「私もよくあそこへお客さんお連れしますよ。多分ですけど、キャバクラやそう言う賑やかな店が多いんじゃ無いですかね。いった事ないのでわからないんですがね」  言いながら飴を一個勧めてくれて、中条はそれを礼を言って受け取った。 「クラブ デラシネ…と」  先程写してきた店の名前を検索する。途端に『はああ?』と情けない声がもれ 「ゲイバー?」  そう、木下が入っていった店はゲイバーだったのだ。 「あ、そうなんですねえ。今はなんですか?LGBT?とかが喧しいですからねえ、そう言うお店も増えましたね。新宿2丁目以外にも」  運転手さんは1人で解説してくれるが、中条は何かいいしれぬ感情を沸かせていた。  木下ってそう言う人種なんだ…え?じゃあやっぱあの画像は、探偵なのはほんと偶然で、好みの男の画像集めただけとか…などと激しい妄想に発展しそして、よくよく考えてからー俺いなくてよかった…ーと訳のわからない安心感にまで発展していく。  運転手さんが言うように今時珍しい事ではないが、へえ〜ゲイなんだ…と思うと、やはり男子学生しか集めない、使ってるバイトも何もかも男ばっかりだったし…など余計なことばかり頭に浮かんでしまう。 「まあ…それだとしてもだ…学生が『そういった』被害に遭わなくてよかった」  つい声に出して言ってしまい、なんですか?と聞かれたが、曖昧に誤魔化して中条はタクシーの中からビルを見上げていた。それから1時間ほどした頃、木下が1人の男性の肩を抱きながらビルから出てくるのを確認する。 「運転手さん、この道の先って何があるんです?」 「ああ、商店は減りますけど、あれですよホテルが結構ある所です」 ーそう言うことねー  次第に明かりが乏しくなる歩道を、男性と肩を並べて歩いてゆく後ろ姿を見送って、もう一度ビルを見上げた。 「あそこに売掛聞きにいくのやだなぁ…」  しかしそうも言ってられないので、運転手にもう一度行ってきますとバッグを置いて車を降りた。

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