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第5話
正午を過ぎるとまばらだった一足が、少しずつ増えていき、午後の館内はそれなりの賑わいを見せるようになっていた。しかし、常設展はいつもと変わらない温度と静けさを保っている。
昼休憩を終えて持ち場である受付カウンターに戻ると、すぐさま企画展の監視員が足りないと言われた。じゃあ行きましょうか、と移動しかけると、
「私行きたいです!」
と、朝から一緒にいた中村さんが意気込んで手を上げた。どうやら、スケッチブックの彼のそばに行きたいようだ。俺は「やだ」と張り合う理由もないので、それじゃあとその場を譲ると、彼女は意気揚々と常設展の部屋へと向かった。その場にいた俺と新人の広瀬君は、その頼もしいばかりの小さな背中を眺めながら、
「あれは恋ってやつですかねえ」
と呟く彼に、俺は「さあ?」と肩を竦める事しかできなかった。
「スケッチブックの彼、女性職員に人気ですもんね。高身長で顔も良いし、しかも絵が描ける。……まぁ絵は見た事ないですけど」
広瀬君は俯瞰するような声音でそう呟くと、タブレットで社内会報を眺める。俺はそれに薄く同意を示しながら、騒めき出すロビーや併設されているショップを眺めた。
すると、常設展示の出入り口から、女性職員と入れ替わるようにして、長身の男が足早に出て来た。スケッチブックの彼だ。俺と広瀬君は何となく話題の彼の動向を見守りながら、自動ドアを潜り抜け、美術館を出ていく姿を見送る。
「急いでるようでしたね」
「急用かな」
「水曜日なのに、珍しいですね」
お昼休みに一時退席することはあっても、彼は美術館に併設されているカフェを使って食事を済ませるというのは、もう殆どの職員が把握済みだ。水曜日は日がな一日職員と同じようにこの建物の中に籠城するのが、彼の水曜日だ。途中退館なんて、今まで記憶する限り一度もない。
それ程大事な用事なのだろうか。
彼は大学生のようにも見えるし、社会人のようにも見えるので、一体どういった要件なのか、全く想像できないけれど。
「うわ、今日すごい暑そうですね」
彼の背中を追いかけていた広瀬君の視線が、自動ドアの向こう側の白い眩い光を捉えて、少しうんざりそうに声に出す。俺は今朝一番に梅雨明け宣言の話をした事を思い出しながら、
「もう夏だからね」
と目を細める。新緑が象る影と白い光に満ちている外に目を向け、彼は戻ってくるのだろうかと、ぼんやりと考えていた。
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