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第3話
「ちぇ~、俺、かけ事には強い方なのにな~」
「日ごろの行いだろう」
百瀬がいじけたように言って、剣道がスパッと切っている。
昼休み、いつのように、一人で席で弁当をあけようとしたら、桜庭に連行された。「恋人って、一緒にご飯食べるものでしょう?」と言われると、お試しのお付き合いを了承した身である俺は何も言い返せなかった。
仕方なく、桜庭に着いていくと、食堂の席にすでに百瀬と剣道が座っていた。
ふたりきりじゃないことに安堵しながら、弁当を開く。
「だいたいなんで、告白するのが男なんだよ。湊ってやっぱりずれてるよな」
「こら、小山に失礼だろう」
百瀬の言葉に、ひや、と汗が背中を伝った。
ずれている。
中学生の頃の記憶がフラッシュバックしそうになって、首をふる。
ちがう。お試しだから。そんなんじゃ、ないから。
「だって、小山くんがクラスで一番かわいいでしょう」
後ろ向きになりそうだった思考は隣に座る桜庭の言葉で一回転して、顔がぼっと熱くなった。
「まあ、たしかに、顔はかわいいよな。小山って。今まで話したことなかったけど」
百瀬が手を伸ばしてきて、俺の頬をぐにぐにつねる。痛い。
「人の彼氏勝手に触らないでよ」
桜庭が百瀬の手を俺から引きはがす。
「まだお試しだろ~?」
「でも彼氏は彼氏だもん」
「桜庭も、百瀬も、小山を離してやれ」
そんなんじゃ、ない。そんなんじゃない、けど。
いつぶりだろう。こんなに騒がしい昼食。
今日の卵焼きはなぜだか、特別に甘く感じ
た。
ホームルームが終わって、生徒が部活に向かう中、帰り支度を整えていると、する、と机に影が落ちた。
見あげると、目が合った桜庭がほほ笑む。
「帰ろうか、小山くん」
桜庭と並んで、部活生たちを横目で追いながら、校舎を後にする。
な、なにを話せばいいんだろう。
考えてみれば、桜庭とふたりでしゃべったことなんて、数えるほどしかなかった。
そうっと横目でうかがう桜庭は、やはり、同性から見ても整った顔立ちをしている。
「小山くん」
急に声をかけられて、肩がびく、と跳ねる。
盗み見してたのが、バレたのだろうか。しかし、桜庭から非難の声はあがらず、代わりに、にー、という小さい鳴き声が聞こえた。
「見て、ねこ」
見ると、桜庭が毛並みの整った三毛猫を抱っこしていた。
か、
「かわいー!」
にぃ、と答えるように猫が鳴く。
「家ねこっぽいね。毛並み整ってるし。三毛猫だし。おまえ、どこからきたにゃ?」
猫を下におろして、しゃがみ込んで話しかけている桜庭に思わず吹きだす。
「きたにゃって……。お前そんなキャラじゃないだろ。似合わねー」
「あ、小山くん、やっと笑った」
そう言って、桜庭が優しく表情をゆるめる。
もしかして、わざと緊張を解こうとしてくれたのだろうか。
顔を見られるのが恥ずかしくなって、自分もしゃがみ込む。
「べ、別に笑ってねえ」
猫に手を伸ばすと、シャー、と威嚇されて、手を引っ込める。
「あ、そうじゃなくて、後ろからさわるんだよ。ほら、こうやって」
俺の、手に、桜庭の手が、重なって、桜庭の体温を肌で感じる。
顔に熱が集まって、鼓動が早くなる。
ポンポン、と撫でた猫は、確かに今度は威嚇しなかったけれど、全く感触がわからなかった。
桜庭がゆる、と笑って「帰ろうか」とそのまま、手を握った。
「桜庭、手、が、」
「うん?」
ぐい、と手を引かれて立ち上がる。重なった手が熱い。
「手、もういいだろ……。離せ……」
赤くなった顔を見られたくなくて、顔を背けながら言うと、桜庭が、ゆるゆると笑う気配がした。
「だめだよ。僕ら恋人なんだもの」
「お、お前と違って慣れてねえんだよ……。こういうの!」
「なら、これから慣れればいい」
ご機嫌に歩きだした桜庭が俺の手を絡めとって、恋人つなぎにする。
繋がれた手が、熱くて、桜庭と話したことはあまり、覚えていない。
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