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第4話

 合服の季節だが、最近はもう、気温が高くなりはじめていて、男子生徒はみんな、カッターシャツを腕まくりして着ている。  腕をまくって、露出した部分を、つぅっと人差し指で撫でられる。そのまま、手を握られて、ぎゅ、と言う反動に、心がざわつく。 「あのさ、なにやってんの? さっきから」  隣で焼きそばパンを食べていた百瀬が、嫌なものを見た、という風に、べ、と舌を出す。  俺の左手を現在進行形で握っている男、桜庭は、その問いにきょとんとした顔を返しながら言った。 「慣らしてる」 「はあ?」  百瀬が顔をしかめる。 「小山くんが、こういうの、慣れないって言うから、慣らしてる」  そうなのだ。なら、これから慣れればいい、と言った桜庭は、ことあるごとにそれを理由に俺にさわってくるようになってしまった。  百瀬と話している今も、左手は繋がれたままだ。  すぐ、飽きる。そう思っていたお試し付き合いがもう、一週間は続いている。 「はー、よそでやれよ。目に毒」 「小山くんは目に入れても痛くないよ」 「桜庭、公共の場だ。小山を離してやれ」  的を得ない返事をする桜庭に、剣道が注意すると、やっと、手が離れていった。  このメンバーで、食堂で昼食とるのも、当たり前になりつつある。  剣道は部活があるからか、いつも、弁当を二個持参していて、百瀬は面倒だ、と言って、食堂に売っているアイスクリームしか食べない日もある。桜庭は、毎日、なぜか、弁当にプラスでパンの耳のラスクを持参している。 「小山くんは嫌って言ってないのに~」  桜庭がすねたように口をとがらせる。 「嫌って言えないだけじゃね?」  百瀬が焼きそばパンを咀嚼しながら桜庭をジトっとした目で見る。 「え、嫌じゃないよね? 小山くん」 「え、っと、嫌っていうか、……」  嫌、ではなかった。不思議と。でも。 「人がいるところでは、やめて、ほしい……」  恥ずかしさと緊張で、ふるふる震えながら答えると、桜庭がなぜか顔を赤くした。  通学路を歩きながら、繋がれた手に、全神経が集中する。  桜庭と俺の家は、反対方向にあって、いつも、駅まで歩いて改札の前で別れることになっている。  手を、繋いで帰るのは、当たり前になった。  それが、不思議と、嫌じゃ、なかった。 「小山くん見て、みけさん」  桜庭が俺からいったん手を放して、こちらに寄ってきた三毛猫に手を伸ばす。  初めて一緒に帰った日に遭遇した三毛猫は、こうやって、ときどき、下校中の俺たちに会いに来る。桜庭は、彼女を「みけさん」と名づけたらしい。  にぃ。  みけさんが甘えるように鳴いて、桜庭にすり寄っている。 俺が手を伸ばすと、シャーッと威嚇される。なんでだ。 「みけさん、小山くんに怖い顔しちゃダメ」  桜庭は、抱えていた猫をおろすと、する、と再び俺の手を取った。 「僕の、大事な人だよ」  こともなげに、桜庭がそんな大それたことを言うものだから、困ってしまう。  だって、桜庭にさわられて、少しも、嫌じゃない。  ただの、お試し。  いつか、終わるのに。  ズキ、と胸が痛んだ気がして首をかしげる。 「着いたよ」 「え?」 「駅、着いたよ」  胸の痛みについて考えていたら、いつの間にか駅に着いてしまっていたようだ。 「どうかした? 小山くん、なんか、元気ないね」 「……みけ、さんにさわれなかったな、って思って」  とっさの嘘は、我ながら、上手につけた。  ふわ。  頭を撫でられる。  心地よくて、温かい、感触。 「おすそわけ」  そう言って、桜庭は反対方向に去っていった。  遅れて、ぶわっと顔が熱くなる。  困る、のだ。  だって、いつか絶対、終わるのに。  なのに。  嬉しい、なんて、思ってしまうから。  桜庭が触れた感触が消えなくて、俺はホームでうずくまった。

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