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第6話

いちに、いちに。  姫野凛と、肩を組んで、並走する。  体育の授業は週に三回。今日が、その、水曜日だった。 「グラウンド種目のやつらは、各自練習~。ポール出していいからな~」  と、体育教諭に言われ、グラウンドの真ん中に集まると、姫野凛が俺を睨んで、人差し指をつき出した。 「僕、お前には負けないから!」 「いや、これから、一緒に走るんだけど」  言い返した俺に、姫野が悔しそうに顔をゆがめる。 「そういうことじゃない!」  じゃあ、どういうことだ。  お互いの右足と左足をタオルで結んで、姫野と肩を組む。  いちに、と声を出した途端にこけた。  ゲホゲホとせきこんでいる姫野はこけた拍子にグラウンドの砂をおもいきり吸ったらしい。 「えっと、大丈夫?」 「うるさい! お前の助けはかりない!」  本当に、なんの恨みを買ったのだろう。   いちに、いちに。  そのうちペースがつかめてきて、五十メートルを完走できるようになったところで、チャイムが鳴った。  姫野は変なところに砂が入ったのか、ゲホゲホ、と何度か咳をしていたが、俺が話しかけると、睨まれるので、もう、話しかけないようにした。 「各自解散で~。あ、姫野、ポール片づけといてくれるか」  体育委員の姫野がそう指示されて、「はい」と返事する。声がガラガラしていた。 「姫野、手伝おうか?」 「……いい! お前の助けはかりない!」  姫野が心なしか最初よりか細い声でそう言って、ポールを抱えて、体育倉庫まで歩きだした。  俺は、逡巡した後、教室には帰らずに、グラウンドで待つことにした。  だか、待てど暮らせど、姫野が帰ってこない。  ……さすがにおかしい。  俺は、小走りで、体育館倉庫まで向かった。  倉庫はドアが開けっ放しになっていて、奥に姫野が倒れていた。 「姫野!」  息が苦しいのか、ひゅ、ひゅ、とかすれた音を喉から出している。 「大丈夫か? 立てる? 俺が支えるから」  さっき二人三脚でやったように、姫野の、背中に手を回して、姫野を抱えるようにして、立ち上がる。 「く、薬……、教室に……」 「教室に薬があるんだな? とりあえず保健室までいけるか?」  額に汗がにじむ。  なんで、もっと早く、気づかなかったのだろう。姫野は授業中、ずっと、無理して走っていたのだ。  保健室について、保険医の先生に姫野を任せると、教室まで走った。姫野のカバンをひったくるようにとって、また、保健室まで全力で走る。  途中で、チャイムが鳴ったが、気にしている場合ではない。  薬を吸引すると、姫野の呼吸は徐々に落ち着いた。 「……お前、授業は?」  ようやく、かすれた息が、整ってきたときに、姫野がきいてきた。 「サボった。いいだろ。一コマくらい」 「……不良め」  姫野が、ふー、と大きく肩を揺らして、ひとつ、息を吐いた。 「……ごめん」 「なにが?」 「……いろいろ、勝手に。態度悪かったでしょ、僕」 「別に、怒ってないぞ」  そう言うと、姫野が悔しそうに、きゅ、と口を結んだ。 「なんで、お前なの……」 「なにが?」 「僕の、方が、最初から、桜庭くんが好きだった、のに」  は、と息を詰める。  桜庭は、ものじゃない。だから、意のままに動かすことはできない。だけど。 自分と、桜庭が絡むことで、傷つく誰かがいるとは思わなかった。  保健室に、沈黙がおりる。  湿っぽくなりそうだった空気を追い払うように、姫野ががばっと、顔をあげた。  それから、俺を再びにらむ。 「負けないから!」 「ええ……」 「お前が悪いやつじゃないのは、わかった。だけど、僕、負けないから!」  涙目で、睨んでくる、姫野は同性から見てもかわいくて、桜庭もこいつにすればいいのに、と思ってから、ちく、と胸が痛んだ気がして、また、首をかしげた。

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