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第6章
中枢神経が蝕まれ、心身共に様々な障害を来たしている状態で、突然薬物を止める事は容易い事ではない。不快感な幻聴と妄想が錯乱し、どうしようもない程興奮する。嘔吐を繰り返し、失禁もする。まるで酸素がなくなった金魚のように口をパクパクさせて、薬物 を乱心に求め、菊池和弥は暴れ出した。
「……くれ…っ……薬を……くれっ!」
今加幹が目の前にいても、和弥の瞳には映らない。名を呼ばれても、和弥には聞こえない。意味不明な言葉を叫び、暴れ出す。発狂をしたかもしれない。幹が落ち着かせようと試みるが、反対に興奮させてしまっている。
「うわああああぁぁ───!」
「……っ」
半狂の和弥が手加減なしに腕を噛んできたが、幹は絶対に手を離さない。
「離せ……!!離せっ!!……ああああぁぁぁ───!」
絶叫した後、凄まじい苦しみに精神がイってしまい、和弥は白目を剥いてすっと幹の腕の中に倒れ込んだ。べっとりと汗で前髪が濡れる和弥には、もう意識はない。
念の為に脈を測ると、少し速いが正常領域内だ。安堵に短い溜め息を着くと、幹は和弥を寝室に運んだ。
青黒くなっている目尻、痩つれている頬、そして血の気のない顔色。廃人と言っても過言でない姿に、幹は辛そうに瞼を閉じた。
目を覚ました時、辺りは薄暗かった。幹が部屋にいないことに気がつくと、貧乏神のように辺りを荒らして金を探した。まともな思考が停止した今、欲しいモノは白い粉以外、何もない。
「…っなんで、何もないんだよっ」
金になる物が見つからず、イラついた和弥はテーブルの上に置いてあったカップを床に投げ捨てた。激音が薄暗闇を引き裂く。
「くそっ」
頭を抱え込んで、何気にズボンの後ろポケットに手を入れると、白い粉が入っている小さい袋が出てきた。気が付かなかったが、以前の薬物 がまだ、残っていた。
歓喜に獣のように叫ぶと、ふらつく足取りで台所に走ってストローを探し回った。漸く目的の物を見つけ、床に座り込む。
白い粉をティッシュに出すと、慣れた手付きでストローを鼻の穴に当てて息を吸った時、カチャと玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
驚いた和弥が振り返ると、買い物袋を片手に、幹が憮然とした表情でドアの前に立っていた。
見る見る幹の表情が険しくなったが、和弥は激しい欲求を抑える事が出来ない。邪魔される前に全部吸ってしまうとした時、幹が持っていた買い物袋を力一杯にドアに投げ付けた。ドアが破壊する程の激音に、思わずピクッと肩を竦めて和弥は手を止めた。
恐る恐る顔を上げると、感情を押し殺した幹の暗い瞳に、和弥は息を止める。初めて幹が、怖いと思った。
「それに手を出してみろ。もう、終わりだ」
淡々とした口調とは反対に、瞳は怒りに燃え上がっている。
「……み…き」
言葉が理解出来ないのか、和弥は首を傾げた。
「あんたがそれを吸ったら、俺はここを出る」
「───」
薬物依存症のせいなんかじゃない。ガンっと頭を殴られたように激しく痛み出した。千切れんばかりに目を見開いた和弥を、鋭利な瞳が睨み続ける。野生の獣のような眼差しさは美しいが、今にも喉を食い千切る程の勢いがある。
「この部屋はあんたに譲る。ここにあるもの全てやる。だけど、俺はもうあんたの顔なんか見たくない。もう、二度と会わない。だから、ここを出る。もう、あんたに関わるなんて真っ平だ」
もう、終わりだ。
「───二度と会わない?」
呆然と幹の言葉を繰り返すと、突然、得体の知らない恐怖が襲ってきた。暗闇が一瞬にしてすべてを覆い、和弥の世界の色を奪う。
いなくなる?自分の前から…いなくなる?
ゾクッと震えた。なんなんだ。この得体の知れぬ恐怖は。命を脅嚇する程の恐怖───ストローがポロリと指から零れ落ちた。
「……いや…だ」
無意識に和弥は呟いた。己の言葉の意味に気が付いた時には、既に滝のように涙を流していた。だが、和弥が泣いても、幹は鋭鋒な態度を和らげない。それ程、幹は怒っていた。
短い沈黙の後、突然、和弥は痙攣する両手首を揃えて、幹の前に差し出した。理解出来ない和弥の行動に、幹は少し目を見開く。
「あんた……」
「縛ってくれ……俺を…動けない程、強く縛ってくれ」
「───」
「幹……っ、お願いだっ」
そうじゃないと、自分は誘惑に勝てない。誘惑に負けて、きっと手を出してしまう。
それで君に見捨てられるぐらいなら、死んだ方がいい
頭じゃない。本能からそう思った。薬物依存症なんかより、幹が関係を断とうしている事が、耐えられない。絶対にいやだ。血を吐く程、心が拒否している。
「俺を…縛ってくれ───」
得体の知らない激しい感情に、立つ事もままにならない。やがて目眩が襲ってきて、倒れそうになった時、攫うように抱き締められた。骨が砕ける程の力強さに、和弥は息を詰めた。自分の激しい動悸が聞える。
「……幹……幹…み…き」
羅列が回らない和弥は、幹の名を繰り返す事しか出来ない。
「紐で縛る必要はない。俺がずっと抱き締めてやる。暴れ出しても、動けない程、強く」
抱き締めてやる
「うっ……うっ……み…き……幹っ」
嗚咽が抑える事が出来ない和弥は、やがて子供のように泣き出した。大声で泣き叫ぶ。落ちる所まで落ち、廃人になった自分を、目の前の男だけは抱きしめる。───こんな人間、他にいない。
+++
殆ど昨夜の記憶はない。
脳に不可逆的な変化がきたしたように、体中が痙攣する。水中に溺れるような感覚だった。光が見える方向に、無我夢中で這い上がろうとするのに抜け出せない。息が出来ない。
早くこの苦しみから、解放して欲しい。
想像を絶する苦海の深さに諦めかけた時、いきなり強く腕を掴まれた。朦朧とした意識で必死に顔を上げたが、逆光で相手の顔が見えない。
───こっちだ、和弥
(え……)
力強く腕を引っ張られ、気が付いた時には水中から抜け出す事が出来た。激しく咳き込みながら辺りを見渡すと───青い森の中だった。
冷たいけどどこか温かい風が和弥の頬を撫でると、森の奥から小川のせせらぎと小鳥の歌声が聞えた。
自分はここを知っている。そう、ここは永遠の聖地。穢れる事がない、美しい場所。やがて、季節はずれの蛍が舞い上がると、森の奥から妖精が現われた。……違う。妖精じゃない。───幹だ。
(……み…き)
震えながら名を呼ぶと、幼い幹は優しい笑みを浮かべて手を差し伸べた。呼吸をする度に胸が軋んで痛み出す。やがて、和弥は静かに涙を流した。
───早く、おいで
(……みき)
震える指でそっと幹の手を掴む。その瞬間、何かが弾けたように、和弥は幼い幹を乱暴に抱き寄せた。
(……ごめん…ごめんごめん)
今更許される事じゃない。わかっているけど、許して欲しい。君を傷つけた僕を、どうか、許して。
しゃくりをあげながらひたすら謝る和弥を、幼い幹がじっと見つめる。
(幹…ごめん。ごめんなさい……)
どんな償いもするから。死んでも構わないから、どうか、僕を嫌いにならないで。
───和弥
自分の名を呼ぶ声が低くなった。のろのろと顔を上げると、幼い幹が『バケモノ』に変わっていた。だが、和弥は何故か驚かなかった。大きい涙粒を零すと、そっと幹の左顔に触れた。
額、頬、唇、首、そして肩口の醜い火傷の痕を辿るように、触れる。あれほど汚いと罵っていた痕なのに、愛しさが込み上がってきた。数回瞬きを繰り返し顔を上げると、バケモノの左目から涙が零れていた。
(泣かないで)
バケモノの左頬に唇を寄せて、優しく伝う涙を吸う。
(───泣かないで。僕が守るから)
全ての痛みと苦しみから、君を守るから。
(幹……)
死にたい程の幸福の中、和弥は強くバケモノを抱き締めていた。
+++
「……ん」
眩しい朝の日差しに、和弥はゆっくりと目を開いた。窓の外から、微かにスズメの鳴き声が聞こえる。時計を見ると、朝の6時過ぎ。
まだ寝惚けているが、詰かえていた物がすっきりしたような気分だった。起き上がって、鏡に映る自分を覗き込むと、気のせいか、少し顔色が良い。
辺りを見渡すが幹の姿が見当たらない。躊躇いがちにリビングに出ると、いつもと同じように二人分の朝食がテーブルの上に用意されていた。
カチャとドアが開く音が聞えて振り返ると、幹が前髪を濡らしながら洗面所から出てきた。視線が合うと、わけもわからずに激しく動悸が鳴って、思わず視線を外した。幹は無表情のままテーブルにつくと、淡々と食事を開始した。
どうしたらいいのかわからない和弥が突っ立ていると、「少しでいいから食べろよ」と初めて幹が声をかけて来た。
今まで、幹は朝食の準備はするが、和弥の食事状況に一切交渉をしなかった。嬉しくて、でも、嬉しさを悟られたくない和弥は、わざと不機嫌な表情で向かいの席に着いた。
薬物に手を出してから、急激に食欲が失われていたのに、何故か、今は食べる事が出来る。相変わらず薄い味付けだったが、実家の一流の料理人のより、美味しかった。
嵐が過ぎ去ったような静かな時間が、ゆっくりと流れる。
図書館に行くとばかり思っていた幹は、何故か一日中家にいた。勉強をする幹の傍で、和弥は眠気や倦怠感で意識を朦朧とさせる。この数ヶ月間眠れなかった分を取り返すかのようにソファで眠る和弥に、幹はそっと毛布をかける。
空腹感で和弥が目を覚ますと、必ずテーブルの上には毎日食事が用意されていた。時間通りに食事を取り、ぐっすり寝る。そんな生活、長い間忘れていた。
だが、唐突に、離脱症状が何度も和弥を襲う。極度の疲労感と喉から這い上がるような苦痛に悲鳴を上げる。…だけど、必ず幹が傍にいて和弥を抱き締めていた。嘔吐物で汚れ、興奮状態に陥て失禁しても、幹は和弥を離さなかった。ガラス球のような色の薄い瞳が、何も語らずに和弥を見つめる。
幹が傍にいる、ただそれだけの事なのに、眠ることができる。幹の頬を指で確かめると、和弥は再び目を閉じた。
暗闇が果てしなく続く中で、小さな光を見つけたような安堵感。
そんな日々の繰り返しだった。それから二週間経った頃、離脱症状は緩やかに改善し、和弥は洗面台の鏡に写る、自分の顔を凝視した。
目の周りのクマは少しずつ薄れ、痩つれていた頬は、毎日規則正しい食事と睡眠のお陰で、本来の姿に戻りつつあった。自慢だった美貌を取り戻したのに、和弥は素直に喜べなかった。
薬物依存症を克服したら……元気になったら、幹は和弥を突き放すかもしれない。そう考えると、悲しくなって気持ちが暗くなった。
今日も幹は外出しなかった。和弥は用意された温かいハーブティーを飲みながら、ソファに座って医学の本を呼んでいる幹をちらりと盗み見る。本を読む時と勉強する時だけ、幹は眼鏡をかける。
幹が眼鏡をかけると、妖艶な美貌が影を潜めるが、逆に知的な部分が強まって冷たい印象を強くする。魅入ったように幹の横顔を眺めていると、突然、インタホーンが鳴った。
今まで人が尋ねにきた事がなかったので、和弥は心底ビックリした。立ち上がってインタホーンの操作をする幹の後ろ姿をじっと見つめると、どこかで聞き覚えがある男の声が聞えた。暫くして玄関のチャイムがなり、幹が玄関のドアを開ける気配。
『───大学の入試を受けなかったと聞いたけど、体調でも崩したのかよ。幹』
早口で捲し立てる男の声がはっきり聞えた時、和弥は言葉を失った。───もしかして、幹は大学の医学部の入試を受けなかったのか。あれ程、勉強を頑張っていたのに、何故?
脳内を駆け巡る事実に、和弥は呼吸を忘れたように固まった。考えてみれば、東京の国立大学の入試日は2月下旬。幹はこの数週間、どこにも出掛けなかった。早朝だろうが、深夜だろうが、和弥が離脱症状で苦しんでいた時、幹は必ず傍にいた。一時も離れなかった。何も言わない幹。段々と切なくなった。憎いはずの人間の為に、簡単に自分の人生を犠牲にする幹に、「なんてことを」と言って罵倒したくなる。愚かな男だと、嘲け笑いたい。なのに、泣きたくなる。
こんな人間、知らない。こんな人間が存在するなんて、知らない……!
心臓を握り潰されたような苦しみに、目頭が熱くなる。
『誰か、部屋にいるのか?』
来客の男の不思議そうな声に、和弥はびくっと肩を竦める。この声、知っている。友達を作らない幹の、唯一の友人、大藤祥一だ。和弥の天敵でもある。自分がここにいると知ったら───何を言われるか。
思わず寝室に逃げ込もうとしたが、遅かった。ズカズカとリビングに入ってきた祥一と、ばったりと鉢合わせしてしまう。祥一は呆然としたまま、和弥を凝視する。
「菊池和弥っ」
険しい表情になった祥一は、和弥をフルネームで怒鳴りつけた。只でさえ声が大きい男の怒鳴り声は耳が痛くなる程だ。
「なんで、お前がここにいる!!」
「てめえには関係ないだろっ」
かっとなって怒鳴り返した。
「お前、よく平然と幹の前に現れるよな。幹にやってきた事を都合良く忘れているんじゃねえだろうなっ」
「…っ!」
核心を突かれ、和弥は下唇を噛んで俯いた。過去の事を言われると、何も言い返せない。
「菊池家の御曹司が行方不明になったと聞いたけど、こんな所にいるのかよ。…どうせ行くあてもなく、幹に拾われた感じか」
「うるさいっ!」
普段鈍感の男が何故か、こういう時だけ鋭い。今までの惨めな生活を全て悟られた感じがして、和弥は顔を真っ赤にした。
「金魚のフンみたいにお前の周りにいた奴らはどうしたんだよ。片岡とは大の仲良しなんじゃねえのか」
「…っ」
拳を強く握り締めた。
「あいつら、学校では楽しく過ごしていたけど。お前がいてもいなくても全然楽しそうだしなー?」
ボロボロになったプライドを、それでも祥一は容赦なく踏み潰す。なのに、幹は和弥を庇わない。無言で祥一の為に飲み物を準備している。まるで、自分より祥一を選んでいるようで悲しかった。だが、突然、祥一の怒りの矢先が幹に向かった。
「幹っ!お前も人好しにも程があるぞっ!忘れたわけじゃねえだろ!こいつがどれだけ酷い事をして来たか!」
「……茶でいいか」
怒鳴られても冷静な態度を取る幹に、祥一がカッとなって肩を掴むと、幹は持っていたガラスのカップを床に落としてしまった。幹が一瞬見せた痛みを堪えるような表情に、祥一と和弥は驚いた。
「……どうした、肩を怪我しているのか」
冷静さを取り戻した祥一は心配そうに、床に散らかっている破片を拾っている幹の傍に寄った。二人が近づく姿を見て、和弥は祥一を幹から引き離したい衝撃に駆けられた。
「大丈夫だ」
「大丈夫に見えなかったぞ。さっきの見ていると───」
再び、祥一は乱暴に幹の肩を掴んだ。
「痛っ……祥一っ!」
手を振り払って、幹は祥一を鋭く睨んだ。
「見せろ。怪我しているんだろ」
祥一が硬い表情で強制するが、幹は冷たい瞳でそれを払い退ける。
「断る」
「幹っ!」
二人の争う姿に呆然となりながら、和弥には何故幹が怪我しているのか、全然見当がつかなかった。ずっと一緒にいたが、怪我したところは見た事はない。
「祥一っ、やめろっ!」
「お前が、素直じゃねえからだ!」
短い争いの結果、祥一が乱暴に幹の手首を握って無理やり体を壁に押し付けた。和弥は、反射的に祥一に飛び掛った。
触るな。そいつに触るな
だが、離脱症状から立ち直ったばかりの和弥が体型的にも祥一に勝てるはずがない。手加減なしに振り払われた和弥は、床に腰を着いた。
「しょ…いちっ」
必死に拒絶する幹に、祥一が長い溜息を吐いて手を離す。
「お前には、本当に呆れる。隠したいこと があることは理解したけど、将来医者になるんだろ。ちゃんと手当てしろよ」
生きることに不器用な幹を、時々歯痒い思いで祥一は見つめる。幹が少し沈黙の後に「ありがとう」と答えると、祥一は幹の髪を乱暴にくしゃくしゃにした。大人しくされるままの幹を見て、和弥は俯いた。
幹は、和弥から触れる事を絶対に許さない
なのに、祥一には無防備に全てを許す。それだけの事なのに、息が出来ない。苦しい。昔から大藤祥一と言う男は、幹がどんな姿になっても、幹を見分ける事が出来ていた。外見だけで区別していた和弥とは、天と地ほど違う。
醜い火傷痕にも平気で触る事が出来る祥一に心を許すのは、あたり前かもしれない。頭で理解しているつもりだったが、こうして目の前に見せ付けられると、心がついていけない。じわじわと体を刻まれるような痛み。
二人の会話は数分程度だったが、和弥には果てしなく長く感じた。
「俺、炭酸水が飲みてえ。買って来てくれ、幹」
「……」
何かを察した幹が拒否する前に、祥一は500円玉を投げる。反射的に受け取った幹は祥一を睨み付けたが、祥一の有無を言わさない雰囲気に諦めたように部屋を出て行く。突然、祥一と二人で残された和弥は、必死に自分を立て直そうと試みる。妬みで激しく荒れている自分の胸の奥を落ち着かせようとする。
「ったく、いい加減にして欲しい」
ブツブツ呟くと、祥一は聞いている方が疲れるような長い溜め息をしてソファに座った。
「お前、何を企んでいるんだよ」
「別に、何も企んでねえよっ。人を悪人みたいに言うな」
「お前は性質が悪い悪魔なんだよ。少しは自覚しろよ」
「……っ」
軽蔑の眼差しに、嘲笑う話し方。和弥は下唇を再び噛んだ。
「あいつは、綺麗だろ?」
突然の言葉に、和弥は眉間に皺を寄せる。
「言いたい事があるんなら、はっきり言えよっ」
けっと喉で吐き捨てる。
「あいつのお人好しの所は、もう仕方がない。だけど、プライドの塊のお前が、なんで、素直にここにいるんだよ」
「……」
話が段々と核心に触れる。青ざめる和弥を、祥一が睨む。
「ある日、再会した醜いバケモノは呪いがとけて、それはそれは美しい姿に戻りました───」
お伽話を語るような柔らかい口調だが、目が笑っていない。
「あいつが、昔のままの醜いバケモノだったら、お前はここにいたのかよ」
「───」
違うと否定したいのに声が出ない。
「あいつの、今の"姿"に追い詰めたのは、他の誰でもない」
お前なんだよ
千切れんばかりに目を見開いた。
「あいつは極端に人に触れられるのを嫌うんだよ。醜いバケモノの時は、決して誰も近づかなかったし、触れて来なかった」
なのに、火傷痕を取っただけで、周りは一変したように態度を変えた。
「中身はそのままなのに、次々と人が群がる」
「……」
「幹はそのギャップに苦しめられている。───人間の"醜い"心が手にとるように見えるからな」
堪らずに、和弥は俯いた。
「和弥、お前は"外見"に群がる大勢の中の一人だ」
「!!」
ガンっと頭を殴られるような痛みだった。
「あいつが人間不信になるのは、あたり前だろが」
言い返せない和弥は、目眩を感じる程の苦しさに、拳を握り締めて耐える。
わかっている。そんな事、言われなくてもわかっている。
「お前には、わからないだろうな」
あいつの苦しみを。
「……」
最後まで一言も言い返せない自分の弱さが嫌いだった。涙が零れそうになって、下唇に歯を立てて堪えた。絶対に、この男の前だけでは泣かない。絶対に。
暫くして、幹が戻ってきた。乱暴に買って来た缶を祥一に押し付けると、ちらっと和弥を見る。目を真っ赤にした和弥は、逃げるように寝室に駆け込んだ。ドアを閉め、ズレ落ちるように床に座り込む。そして、膝を抱きながら少しだけ泣いた。
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