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第11章
菊地和弥が再び新横浜駅に戻って来たのは、それから1時間半後だった。シャツがべっとり濡れるほど、雑踏の中、男の姿を探す。
突然、新幹線が全て麻痺し、足止めを喰らった乗客が駅で混雑している。この人込みの中、男の姿を探すのは難しいが、諦めきれずに和弥は駅の隅々まで探す。
───いない
喪失感に、和弥は膝を曲げて腰を落とした。突然ホームで跪く男に、通行人の視線が集まる。
あと、どれだけの時を過ごせば、いいのだろうか。……あと、どれだけ君が欲しいんだと叫び続ければ、信じて貰えるのだろうか。もう、心の限界なのに。
その時、蹲っている和弥の視界に、白のスニーカーが入った。のろのろと顔を上げると、和弥は千切れんばかりに目を見開いて息を止めた。
「体調が悪いのか」
心配そうに呟くと、男は和弥の目線まで屈み込んだ。和弥は瞬き一つせずに固まる。
「───相変わらず、泣き虫だな」
音を立てずに涙を流す和弥の頬に、そっと長い指で触れる。
「……み…き───」
喉が震えて上手く発音出来ない。息を着く度に、胸が軋むように痛む。痛酷に息が上手く吐けない和弥を慰めるように、指が涙を拭う。
「何となく、あんたが戻ってくる気がして待っていたけど……」
魂が抜けたように、和弥は何も答えない。もう一度、そっと優しく指で和弥の涙を拭うと、今加幹は立ち上がった。
「ほら、立てよ。───和弥」
名前を呼ばれた時、張り詰めた糸が切れた。和弥はわき目もふらずに、幹に強く抱きつく。必死にその感触を掴もうとした。痛哭の叫びはホームの雑音に掻き消されるが、心の痛嘆は消えない。
「和弥」
優しい声が、目に見えない和弥の傷をゆっくりと癒す。雑踏の中、和弥は長い間、幹に縋り付いて離れようとしなかった。
ベンチに腰掛けて、漸く冷静さを取り戻した和弥は、羞恥で首筋を赤く染めた。幹に醜態を曝け出してしまった。幹を見た瞬間、感情がコントロール出来ずに爆発してしまった。
「……いつ、日本に戻ってきたんだ」
漸く搾り出せた問いだった。
「昨日」
驚いた和弥は、前髪が揺れるほど勢いよく顔を上げた。7年前までは殆ど背は変わらなかったが、今では、幹の方が背が高くなっている。妖花を思わせる不思議な美貌は、更に磨きがかかり、言葉を失うほど端麗で美しい。突然、人間の世界に幻出した神話の登場人のように、人々の視線を奪っていく。和弥は慌てて視線を逸らした。一度魅入ったら、もう逸らすことが出来ない。
「雪隆さんの仕事の都合で、昨日、名古屋に着いた。まさか、あんたに直ぐに会えるなんて、なんだか不思議だな」
昔、決して和弥には見せなかった笑顔で、幹が説明する。その笑顔が、どれだけ和弥の鼓動を速めているのか、きっと本人は知らない。
幹がちらっと腕時計を見た。その仕草に、熱ていた和弥の体が一気に冷えた。咄嗟に、和弥は幹の袖を掴んだ。少しだけ首を傾げた幹が振り返ったが、和弥は声を出せない。
和弥は決して大人しい性格をしているわけではない。傲慢で強気な男のはずだが、幹の前だと和弥は自分ではなくなる。臆病になって何も話せない和弥に困ったのか、幹がぼそりと話す。
「今日、横浜で教授に会う約束をしているんだ。さっき、遅れると伝えたけど、そろそろ行かないと……」
幹は最後まで言わずに言葉を飲み込んだ。和弥が露骨に表情を曇らせたからだ。言葉ではなく、瞳で「嫌だ」と訴える和弥に、幹は言葉を続けない。
「もう……行くのか」
唐突にいとまを告げられ和弥は動揺を隠し切れない。折角、再会出来たのに「じゃあ」とあっさりと別れを言われてしまう。次に会う口実がない和弥はどうしたらいいのだろうか。必死に次に会う口実 を頭の中で考える。だけど、焦れば焦るほど、余裕がなくなる。
そんな和弥をちらっと横目で見て、突然幹が立ち上がる。その途端、和弥は狼狽する。駄目だ。このままでは───
「和弥」
昔より少し低くなった声は、和弥の胸の奥に響触れる。昔、滅多に名前で呼ばれなかったので、余計に切なくなる。
「落ち着いて話せよ」
「───」
「話はちゃんと聞く」
突然、消えたりしない
昔と変わらない、その真摯な眼差し。幹の瞳は綺麗な湖のように静かで透き通っている。その瞳に語り掛けられ、波立っていた和弥の心が少しずつ落ち着く。
「……お前、いつ暇なんだよ」
漸く言葉が話せたと思ったら、発したセリフが仕事に忙しい男に詰め寄る女のようで、自己嫌悪になった。すると、和弥の言いたいことを察したのか、幹が可笑しそうに微笑を浮かべた。
───都合のいい夢を見ているのだろうか、そう自分の頬を抓たくなる。再会してから信じられないほど、幹は笑顔を見せてくれている。
「あんたは、それを聞いてどうするんだ」
「……っ!」
わざと意地悪をしているとしか思えない。かっと真っ赤になって悔しそうに幹を睨み付けた。漸く和弥らしさに笑みを深めると、幹はリュックを持ち上げる。
「俺、携帯持っていないし、多分、あんたの方が忙しいだろ。あんたは、今日何時に仕事終わるんだ」
突然の質問に、和弥は反射的に「5時」と言ってしまった。定時で帰れる日なんて、ないのだが。
「ふーん」
嘘に気が付きながら、幹はまたもや控えめな笑顔を見せた。もう、こっちは堪ったもんじゃないのに。ドキドキと鼓動がなる。
「新宿駅の西口まで、来れるか」
「え?」
自分は、都合のいいように解釈しているのだろうか。幹が今日会ってくれるということなのか?
「無理だったら───」
和弥が黙り込むので、都合が悪いと解釈した幹が他の提案をしようとすると、和弥が慌てて「大丈夫だ。全然、大丈夫だっ!」と大声で叫んだ。その声の大きさに、幹が面喰らう。
「全然、大丈夫だ!新宿だな」
「……ああ」
力んで念を押す和弥に圧倒され、幹は素直に頷いた。
「じゃあ、8時頃に」
軽く空咳をした幹が時間を指定をすると、和弥が少し首を傾げる。
「8時?」
「8時ぐらいなら、切りのいいところで仕事を終わらせるだろ」
5時なんて無理だろ、と遠回しに指摘され、和弥は耳まで赤く染めた。黙り込む和弥を見つめたまま、幹はリュックを肩にかける。
「ちゃんと、それまで仕事をしろよ」
+++
「……や、…かずや……和弥!」
はっとなって和弥が顔を上げると、安田陸は苦笑いを浮かべた。
「悪い。考えごとをしていた」
「考えごとねえ……にやけているようだけど、何があったのかなぁ?」
ニコニコしているが、陸は疑いの眼差しで和弥を見る。大切な会議をドタキャンした和弥は、突然、陸の勤務先に出現した。そして、「今、時間ができた」と言って、数年前から準備している医療法人設立の打ち合わせに、陸を強制的に参加させた。にもかかわらず、当の本人は、魂が抜けたように集中していない。
日本最大の製薬会社、安田薬品工業株式会社の跡取り息子の陸は、現在、幹部として子会社に出向している。陸は大学生時代から、病院の開業について和弥から色々相談を受けていた。陸自身も病院の開業に興味あったので、二人で資金調達や医療法人設立の準備をしていた。それこそ、和弥は本業のテレビ局の営業より、こちらに熱心だった。何ひとつ妥協しない姿勢は、命を削ると思うほどだった。───陸もまた同じだったが。臓器移植の技術と移植後のケアが世界一の病院を作りたい陸は、和弥と利害が一致していた。
「で、新幹線を何時間も麻痺させ、秀君を木っ端微塵に痛み付けた君は、何をしたいのかな」
嫌味を込めて言ったが、和弥はパッと顔を上げた。なんとまあ、嬉しそうな顔をする。心当たりがある陸は、内心溜息を吐く。
「……幹が日本に戻ってきた」
「まあ、そうだろうねえ」
和弥の感情の波を揺らすことができるのは、この世界でひとりしかいない。
「今日、会ってくれることになった」
和弥は、多分、これが言いたかったに違いない。これを聞くために、陸は3時間も仕事を強制中断させられ、関係ないことで会社の会議室を使用されている。書類を綴じると、陸は「俺も一緒に行っていいかな」と聞いた。露骨に嫌そうな顔をした和弥は理由を尋ねる。
「今加君に相原燈真 と連絡しているか、聞きたいだけだよ」
急に声が低くなった陸の目は、笑っていなかった。和弥は一瞬の沈黙の後、「ついてくるな」と無下に断る。最初から断られるのをわかっていた陸は、両手を小さく胸の前で上げる。
「初恋の君との初デートだもんね。ごめんごめん」
破顔して笑うが、和弥はじっと陸を見つめる。
「相原のことは必ず聞いてやる」
「───ありがとう」
笑顔を取り繕う陸は、少しの間を置いて礼を言った。少し、和弥が羨ましいと思った。和弥の思惑通りに。
この7年間、和弥は本当に懸命に生きていた。死物狂いで勉強し、仕事に打ち込んだ。弁護士の資格取得や医療法人の設立もすべて、いつか、幹の傍で働くことを夢見ているからだ。メディア業界で働いているのも、スポンサーの今加グループに少しでも関わって、幹に続く糸を掴もうとしているからだ。
それが今、実ろうとしている。陸は、まだ糸すら見つけることができていないのに。
「いけ好かないお前を、ここまで悩ますなんて、あのストーカーは凄いな」
意地悪く笑う和弥に、陸は肩を竦めた。
「執着 しないストーカーねえ」
自嘲した陸は、立ち上がる。
「さて、青春の7年間も禁欲生活 を送っていた君にアドバイスをあげるよ。デートの前に、コンドームを買った方がいいよ。お薦めは、弊社自慢の、極薄00 という製品だからね」
とびっきりの笑顔で、陸は茶化した。
+++
陸に「ノロケはもういいよ」と追い返された和弥は、会社に戻らずに新宿駅に向かった。何気なく、駅付近のドラッグストアに入った和弥は例のブツ を見つけ、顔を赤くして店を飛び出した。次に、和弥は携帯ショップに寄った。自分と同じ機種のスマホを見ていると、店員が寄って来て、偶発的に目の前にあった最新の機種の説明を始めた。
最初は鬱陶しいと思ったが、その店員が「衛星と直接通信できるので、圏外エリアでも通信が可能です。どこでも大丈夫ですよ」と説明した途端、和弥は速攻、それに決めた。
西口の改札口付近に着くと、和弥は早速、買ったばかりのスマホを取り出して設定する。そして自分の電話番号を連絡帳アプリに登録する。次に新しいスマホから自分のスマホに電話を掛けた。自分のスマホが鳴った瞬間、何故か和弥は一人で照れたように顔を赤くした。
それから、約1時間半後に幹がやって来た。
「和弥」
まだ、幹に名前で呼ばれることに慣れていない和弥はドキッとする。振り返ると、幹が小足で駆け寄ってきた。色が濃いジーンズに、Tシャツの上に薄いジャケットを羽織っただけの極有り触れた格好なのに、普段接する芸能人やモデルと比べものにならないぐらい、格好良く見える。恋は盲目、よく言ったものだ。
「いつから、待っていた?」
「今」
まさか2時間前から待っていたなんて、口が裂けても言えない。和弥は視線を合わせずに素っ気なく答えた。堅苦しい和弥の態度をあんまり気に止めずに、幹は話を続ける。
「もう夕食を済ませたか」
「いいや」
心臓が破裂するほど、胸が鳴っている和弥は、はっきり言って顔をあげることが出来ない。
「この近くに、昔、よく行っていた和食の店があるけど、行くか」
決して視線を合わせない和弥がそっぽ向いて頷くのを見て、幹が怪訝そうに首を傾げる。
それから、二人はタクシーを捕まえて、中心街から少し離れた一軒の小さな和食亭に辿り着いた。店に入ると、歳を取った女将が二人を歓迎する。
「あら、こんにちは。日本に戻ってきたのね。嶋村さん達はどうしているかしら?」
「元気です。潤さん達は今、名古屋にいます。来週には東京に戻ると思います」
「そう。是非、戻って来た時には、顔を見せるように伝えといてね」
「はい」
どうやら幹はこの店に馴染みがあるらしい。案内されたテーブルに着くと、二人は飲み物を注文した。女将がいなくなった後、突然、沈黙が続く。
元々、幹は祥一のようにお喋りではない。寧ろ、無口の方だ。だから、何かを話さなければと思うが、頭が上手く動かない。カチカチになっている和弥に、幹は苦笑いする。
「ネクタイ、緩めば」
見ている方が息詰まるほど、きっちりとスーツを着ている和弥はムキになって首を横に振る。
今、ここで、ほんの少しでも気を緩むと、自分が何を言い出すのか、和弥は恐ろしかった。
「……お前は今、何をしているんだ」
臆病になっている自分を意識しながら、やっとの思いで聞いた。落ち着け。落ち着くんだ。心の中で、己を叱咤する。
「ドイツでの研修終わって……今年、日本の医師国家試験を受けた。来週からは、日本の大学付属病院に勤務するよ」
ドイツでは6年間の大学医学教育後に、約18ヶ月間の実地研修医師としての従事がある。その間に、様々な医師試験があるのだが、優秀な幹はすべての試験にパスしていた。
「あんたは?」
聞かれたから聞き返しただけかもしれないが、自分を気に掛けていると、甘い錯覚に陥る。
「総合日本テレビ局の営業」
先程から文章ではなく、単語で答える和弥に、幹が小首を傾げる。その仕草があんまりにも可愛く感じるのは、自分がこの男に盲目だからなのだろうか。
「もしかして、あんた、緊張している?」
耳まで真っ赤になった和弥は違う、と怒鳴りつけた。その怒鳴り声に、周りが沈み返って一斉に二人に振り返った。それに気が付いて、和弥は誤魔化すように咳払いすると、椅子に腰を下ろした。
少し驚いた幹だが、次の瞬間、小さく噴出して笑いだした。首まで肌を染めた和弥は意地になって、幹を睨みつける。
「笑うな」
「……悪い」
口では謝るが、まだ笑っている。憎たらしく思ったが、こんなに笑っている幹を見たのは初めてだと気が付いて、胸の奥がチクチクと甘く痛んだ。
雪隆達にしか見せなかった幹の無防備な笑顔に、泣きたいほどの幸せを感じる。これは夢で覚めたら全てが消える、そう言われたら、立ち直れない。
その時、女将が食事を運んで来た。楽しそうね、と声を掛けた彼女はテーブルに様々な食事を並べてカウンターに戻った。
食事を始めた二人は、ぽつぽつと話を始めた。仕事やドイツと日本の現状など、他愛もない会話だったが、和弥にとっては何よりも大切な時間だった。この瞬間の為に、頑張ってきたようなものだった。
+++
帰る時、和弥は次に会う口実を必死に考えていた。店を出た時、幹がタクシーを捕まえようとしたので、和弥は慌てて、酔いを覚ましたいから歩きたいと嘘を言った。……理由は勿論、1秒でも長く幹といたいからだ。
「歩けば、40分もかかるけど」
突然の和弥の申し出に、幹は少し驚いた様子だった。和弥が構わないと答えると、それ以上、幹は何も言って来なかった。
夜の11時を過ぎると、住宅街は人気を感じないほど静かだ。少し前を歩く幹の後ろ姿を見つめながら、和弥は深呼吸する。そうだ。アルコールのせいにすればいい。そしたら、不自然にならない。
覚悟を決めて、思い切って幹の名を呼んだ。緊張に大声になってしまい、幹が驚いたように振り返る。
「…こ……これをやるよっ」
声が裏返っている和弥は、幹の手を掴んで今日買ったばかりのスマホを握らせた。少しばかり目を見開いた幹は、じっとそれを見つめる。
いらない、と返されたらどうしよう、それだけが怖くて、じっと幹の言葉を待った。だが、暫く待っても幹は反応を返さない。恐る恐る顔を上げると、幹は胸が痛くなるほど優しい笑顔を浮かべていた。
森の中で見た、優しく儚い笑顔
「ありがとう」
断ると思っていたのに、幹は素直にそれを受け取った。暫くそのスマホを操作して顔を上げた途端、幹は笑みを消した。
「……和弥」
静かに名を呼ばれて「なに」と聞くと、幹が少し困ったように眉間に皺を寄せていた。
「何、泣いているんだよ……」
幹は素っ気なく言い捨てて近づくと、そっと指で和弥の涙を拭う。その時に初めて、和弥は自分が泣いていることに気が付いた。どうりで視界が揺れていると思った。優しく触れてくる指に、次々と涙が零れる。
消せない罪
好きだと自覚してから、過去の罪が重すぎて息が苦しかった。決して手に入ることは出来ない、触れることが出来ないと思っていた幹のココロ。
これは、幹のココロを殺した自分への罰なのだと……何回も諦めようとした。だけど、どれだけ口を塞いでも、心が叫ぶ。
君が欲しい。君のココロも体も欲しいだと。
───自分を偽ることなんて出来なかった。
過去、触れた途端に全身全霊に拒絶していたのに、幹は自ら和弥に触れる。
「……泣くなよ」
胸がズキンと痛むほど切ない声。
困らせたくないのに、涙が止まらない。感情が激しく乱れ、コントロールが出来ない。
嗚咽が漏れた途端、和弥は地面に蹲った。下唇に歯を立てて泣き声を抑えようとするが、声が漏れてしまう。
暗闇に、虫の鳴き声のように響く。
溢れ出す涙は止まる気配を見せず、ぽとん、ぽとん、と地面に零れ落ちる。子供のように泣く自分を見られたくなくて、和弥は顔を膝に伏せた。
暫くして、幹が自分と同じように屈み込む気配を感じたが、和弥は顔を上げなかった。
「───和弥」
静かに名を呼ばれて、和弥はピクリと肩を震えさせた。
「ご…ごめん、ご…めん」
こんな見苦しい姿を見せて。
(───君の心を粉々に壊してしまった僕を許して)
「ごめ…ん、ご…めん…」
男なのに、女のように泣き喚いて。
(───君が死にたいと思うほど追い詰めた僕を許して)
「…ごめ……ん、ごめん」
謝ることしか出来ない。
痛悔の念
体を引き裂かれるような苦痛に姿を変えた、後悔。
過去の罪は消せないと言うなら、自分はどうしたらいいのだろうか。どうしたら、息が楽に吐けるようになるのだろうか。
どれだけ待っても泣き止まない和弥の額に、幹はゆっくり自分の額をくっつけた。
「俺のこと、まだ好きか」
ぼそりと独り語のように聞かれ、和弥は素直に何回も頷いた。
好き。君が好き。君しかいらない。君しか欲しくない。
「そっか」
悲しそうに笑うと、幹はそのまま黙り込む。堪え切れずに、和弥は一心不乱に幹に抱きつくと、その勢いに二人はアスファルトの上に倒れ込んだ。幹は起き上がろうとせずに、和弥に抱き付かれながら夜空を見上げる。
綺麗な夜空。
和弥に見せたいと思ったけど、和弥は顔を上げようとしない。……泣き止まない。
震えている和弥の背中にそっと腕を回して、幹は瞼を閉じた。
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