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第3話 物足りない
炫はより一層艶やかな笑みを深めると、膝立ちになり、孝弘のバックルを手早く外した。
くつろげられたスラックスとボクサーパンツ。
現れたのは、ずっしりと重量がある孝弘の剛直だ。
日本人の平均サイズを軽く飛び越えるそれは、炫の色香にあてられて少し硬くなっている。
「今朝ぶりぃ。俺の愛しのチンポちゃん」
「お前のじゃねぇ」
「えぇー? 今は俺だけのものでしょぉ?」
すらりと長い指が孝弘の重たい剛直を優しく握り、その口元に寄せた。
見せつけるように伸ばされた真っ赤な舌は、唾液に濡れて妖しく光る。
その長い指と形のいい唇が一攫千金を狙う客を盤上で翻弄し、魅力する。
黄金に輝く高みへ導くのも、業火が揺らめく地獄へ突き落とすのも、炫の指先ひとつですべてが決まる。
(おっかねぇな……)
盤上の外で弄ばれている孝弘が導かれるのは、天国か。
それとも地獄か。
今はまだ、それを図りかねているところだ。
「ん、ふ……」
柔らかな粘膜が孝弘の長い幹を下から上にねっとりと舐め上げる。
焦らすように、ことさらゆっくりと。
それは、炫の誘いを邪険にした孝弘への嫌がらせのようにも思える。
孝弘のその考えを肯定するかのように、炫の瞳には嗜虐心がメラメラと燃え盛っていた。
挑発的に向けられる上目遣いの視線。
孝弘の闘争心に火を点けるには十分な着火剤だ。
しかし、冷静な意識が燃え始めた闘争心に水を掛ける。
(いや待て。この煙草、いくらすると思ってんだ)
通常の煙草よりも長さのあるそれは、まだ三分の一も吸いきれていない。
こんな状態で火を消すなんてもったいないと、頭の中でもったいない精神が叫び声を上げる。
長年染みついた日本人の|性《さが》は、国を離れたからといってなくなるわけではない。
変に生真面目な性格は、時として仇になる。
そんな自分が恨めしい。
孝弘は金のフィルターを咥え深く呼吸した。
独特の味を舌で転がし、肺に入れ、細く長く吐き出す。
それがどれだけ無意味なのか。
わかっていながら行う深呼吸は、悪あがき以外のなにものでもない。
「あ、元気になってきたぁ。うんうん、あのハゲオヤジの相手、大変だったもんねぇ」
炫はよしよしと宥めるように孝弘の硬くなったものの先端に啄むようにキスをした。
左手には収まらない袋をゆるゆると揉み、不意に、中にある二つの玉の形を確かめるように掴んでは手の中で転がす。
右手は上を向いた剛直を支えながら、唇が触れない場所をくすぐった。
鈴がチリンと小さく鳴るような戯れ。
孝弘の腰にじんと痺れが広がった。
今朝まで味わい尽くしたはずの炫との快感は、いくら喰らっても満腹になることはないと、嫌でも実感させられる。
根元から先端へ、張りのある幹を優しく食み、あるいは濡れた舌でねっとりと絡みつくように舐められる。
炫の舌は確実に孝弘の快感を引き摺り出していき、抗えない情欲が降り積もっていく。
裏筋を下から上につぅ、と舐められると、煙草を咥えていた口元が震えた。
「ッ……!」
「ふふっ……タカヒロ、ここ好きだもんねぇ」
ニンマリと口角を上げた炫はさらに目を細め、「あーん」とふざけた声を出しながら孝弘の剛直を咥え込んだ。
つるりと張りのある亀頭を口に含んでチュッと吸い付き、ねっとりと鈴口の上で舌が踊る。
もったいぶるように少しずつ剛直が炫の唇に扱かれながら口内に入っていくと、炫の頭を掴み、思いっきり腰を振りたい衝動に駆られた。
(なんでこんなに気持ちいいんだよ……!)
裏筋にぴたりと舌が当たっている。
その状態で頭を上下されれば、獰猛な衝動はさらに増していく。
手元を見やると、煙草の火はようやく半分になったところだった。
もういいだろう、早く火を消せ。
一刻も早く炫を組み伏せろ。
いや、まだもったいない。
火が手元に来るまで待ったほうが、快感もひとしおだろ?
正反対の本能と理性が衝突し、火花を散らす。
それを知った上で、炫はさらに燃料を投下してきた。
袋を転がしていた左手を離し、器用にスラックスを寛げてボクサーパンツごと太ももまでずらす。
顕になった尻と太ももは、完璧に脱毛されている上に、しっかりとボディケアがされていた。
今朝までそこに手を這わせていた孝弘は、当然のことながら炫の肌がどこもかしこも滑らかなことを知っている。
その双丘の中心。
縦割れになっている後孔にはアナルプラグがずっぽりと嵌っていた。
銀色のくびれの先にあるハンドル部分にはラウンドブリリアントカットされたブラックダイアモンドが光っている。
「見て見てぇー! ボーナス奮発して買っちゃったぁ。特注なんだよぉー!」
孝弘の住むマンションの一室に入った途端、玄関で下半身を露出し、恥ずかしげもなく尻にこのアナルプラグが嵌っているの見せつけてきたのは数ヶ月前のこと。
ビッチのやることはイカれすぎていて理解できない。
それでも、まんまと欲情を煽られて玄関で炫をブチ犯した孝弘も同じ穴の狢である。
あのときのセックスは最高だった。
初めてベッド以外でやったからか、それともたったドア一枚で外界と隔てられている玄関でやったからか。
炫の中は締まりが良く、孝弘は激情に任せて壁に縋り付く炫に腰を打ちつけた。
玄関の床に引き倒して正常位でもう一発。
体位を変えながら寝室に向い、出勤時間五分前までやり続けたのはいい思い出だ。
炫は高級でいて下品極まりないアナルプラグのハンドルを掴むと、ぶちゅ、と水音が立つのも構わず、ゆっくりと引き抜く。
それをコンクリートの地面に無造作に落とすと、躊躇いもなく三本の指を媚肉の中に突き入れた。
「ん、ふぅ……」
孝弘の剛直を咥えた炫の口から、悩ましげな吐息が溢れる。
孝弘を挑発し、その様子を伺っていた翡翠の瞳は、これから訪れる快感に期待してうっとりと潤んでいた。
くち、ぐち、ぐちゅ……。
仕込んであったローションが指で掻き回され、卑猥な音が聞こえてくる。
耳栓で無駄な外音を遮断している今、その音はやけに大きく聞こえた。
それと同時に、口の端からこぼれ落ちるくぐもった声は、孝弘の体に直接響いてきた。
不規則に吹きかかる炫の息と、断続的に響く声の振動は予測がつかず、孝弘の射精感を高めていく。
だが、どこか物足りない。
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