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最終話 清掃員のオシゴト

 セックス後の煙草ほど美味いものはない。  ベランダで一人、孝弘は空に浮かんだ金色の船を見上げていた。  吸い損ねた分も挽回するように、紫炎を燻らす。  闇に紛れて消えていくそれは、孝弘が抱える想いのように儚い。 「俺らしくねぇな」  柄にもなく感傷に浸っていた。  こんな辛気臭いのは、最高の夜には似合わない。  景気良く煙を吸ったとき、ポケットに入れていたスマホが断続的に震えた。  この時間に電話をかけてくるのは、あいつしかいない。 「なに」 「相変わらず連れないな。従兄に向かって薄情だぞ」 「つい最近知り合った仲だろ。馴れ馴れしいんだよ」 「仲良くなりたいだけだって」 「はっ。よく言うわ」  中国語をマスターした孝弘を単独で、縁もゆかりもないマカオに連れてきたのはこの従兄だ。  フォローがあるかと思えば、それはほぼなし。  あるのは夜中にかかってくる報告電話か、酔っ払って突然家に押しかけてくるかだ。    ふっと、冗談を蹴散らすように煙を吐き出す。  電話の相手は、その発言に違わず孝弘の従兄だ。  孝弘の母方の伯母の息子なのだが、厄介なことに、伯母の嫁ぎ先はこのマカオのカジノを取り仕切るマフィアのボスだった。    国境を越えた親交はなかったのだが、存在だけ知っていた従兄からの依頼でマカオに来たのは一年前のこと。  孝弘に与えられた仕事は、探偵をしていたことを生かし、「cloud nine」で横領を働く裏切り者や、競合するマフィアのスパイに対する偵察だった。  金さえ貰えればなんでもする。  そう豪語していたのが仇になった。  危険な仕事だが、報酬は十分にある。  それならと、孝弘はその依頼を引き受けたのだ。  ついでに、炫にも出会えた。  一番の報酬はそれかもしれない。 「定期報告だ。経理の下っ端が帳簿を書き換えてるところを録画した。あとで送る」 「オッケー。こっちはもうちょいで片付きそうだね。あと、ネズミの方は?」 「安心しろ。最近あいつ、ディーラーに入れ込んで組織の金で遊んでるぞ」 「なにそれウケる。自爆してくれる感じ?」 「だろうな。ブタは相変わらずだけど」 「じゃあ、孝弘はブタをマークして」 「りょーかい」  簡潔な指示に応える。  具体的でなくてもやるべきことがわかるのは、探偵をしていたおかげか、それとも従兄と血が繋がっているからか。  いつもならここで電話を切る。  だが、従兄がそうさせなかった。 「ところで、俺のお古の具合はどう?」 「死ね」  ブチリと通話を切った孝弘は、スマホを部屋の中にあるソファに投げつける。  良い気分だったのに、ゾンビの群れに放り込まれたくらい最悪な気分になった。  吸い切った煙草を灰皿で押しつぶし、箱から惜しげもなくもう一本を取り出し、火を点ける。  炫にアナルセックスを教えたのは従兄だという。  快楽堕ちした炫は、従兄に相手をされなくなってからは快楽を追求するため極上の男を手玉に取り、抱かれまくってビッチになった。  そして、今は孝弘の剛直を気に入り、ずっと孝弘に家に入り浸ってセックス三昧の生活をしている。  最初に自分が炫を可愛がりたかった。  変えられない過去のことだとわかっていても、従兄の存在は孝弘の焦燥を掻き立てる。    だが、それだけじゃない。  炫はモノがデカくてテクがあれば、誰にでもついて行ってしまう。  セックス大好きなビッチは、愛の言葉を重く鬱陶しいと感じるようで、孝弘が炫を繋ぎ止めるにはセックスするしかない。  今はそれでいい。  でも、いずれは炫の体だけでなく、心も奪いたい。  どうしたら炫の心を繋ぎ止められるのだろうか。  炫と体を繋げてからずっと考えているというのに、一向にその答えは出ない。  どうにも落ち着かなくて、吸い始めたばかりの煙草の火を消す。  踵を返して向かったのは、炫が眠るベッドだ。  セックスのあと気絶した炫の体を清め、シーツも取り替えている。  気持ち良さそうに眠る炫は、子どもっぽく見えた。  ベッドに沈み、炫の体を背後から抱きしめる。  その体から香るのは、孝弘と同じものだ。  それがどうしようもなく愛おしい。  仮初だとしても、炫は今、孝弘のものだ。 「炫、好きだ」  孝弘の言葉は、殺風景な寝室に霧散する。  ベランダで、煙草の煙が所在なさげに揺らめいていた。

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