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第9話
挨拶回りが終わりそのまま図書館へと来館する。
少しばかりここで本を読んでから帰っても罰は当たらないだろう。
僅かなご褒美だ。
ジャケットを脱いで、ワイシャツの上からパーカーに腕を通すと熱が籠るがいつものことだ。
涼しい風を浴びながら閲覧室へと足を踏み入れると、カウンターの中の司書が腰を上げた。
「お昼…、あ」
結城さんは俺の顔を見るなり、頭を下げた。
思わず下げ返す。
すると、カウンターの下から鞄を掴み此方へとやって来た。
まるで待っていたかのような反応に、なんだかドキドキしてしまう。
あんなにセックスに塗れた生活をしていたのに、今の俺はまるで中学生みたいだ。
「藍色さん、少しお時間良いですか」
「あ…、はい」
閲覧室からエントランスへと戻ると、結城さんは自身の鞄から1冊の本を差し出した。
「これ、俺のおすすめなんです。
藍色さんの好きそうなやつなんですけど…、迷惑ですか…?」
「いえ…っ、全然っ」
真新しそうなハードカバーだ。
表紙の装丁も美しい。
それを差し出す手は、やっぱりほんのり日焼けしていて顔立ちよりずっと健康そう。
「良かった。
俺の私物なので、ゆっくり読んでください」
私物…
においを嗅いだら、結城さんのにおいがするのか。
気持ち悪いことを思いつつ、本を受け取った。
作者名を見、裏表紙のあらすじへと目を滑らせる。
確かに俺好みの話のようだ。
「藍沢さん、今日はスーツなんですね」
上にパーカーを羽織っていても、ワイシャツにスラックス。
普段のダラけた格好とは違うことに気付かれた。
ニートだと思われては……いないだろう。
「あ、はい。
仕事でして…」
そのせいか、つい先程の口調を引き摺ってしまう。
それでも、結城さんは茶化すこともなく礼儀正しく頭を下げてくれた。
「お疲れ様です。
俺はこれからお昼なんです。
今日は忙しくて」
今にも腹が鳴りそうだと笑う顔に仕事の疲れが萎んでいく。
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