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9:あなたのWeb作家への「信用」はどこから?私は「毎日更新」「完結保証」から!
月曜倶楽部の部室も十分暑かったが、外に出ればそれとは別種の暑さが待っていた。
「ふぅ、あっつ」
脳天を直撃するような、ジリジリとした日差し。
真夏に差し掛かった炎天下のもと、気づけば、俺は自然とポケットからスマホを取り出していた。画面をタップし、【ツク・ヨム】の投稿管理ページを開く。
「あれぇ、ランキング落ちてる……」
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541位:【嫌われ勇者、100年ぶりに石化復活したら大賢者様に懐かれてパーティを組むハメになりました】
作者:ノキ
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先月まではじわじわ伸びていた閲覧数も、今日はぱったり止まっていた。
最初に作品を投稿し始めた頃は凄く評判もよくて、一時は百位代まで上り詰めた。なのに、いつからだろう。毎日更新を続けているのに、ブックマークは増えず、コメントもここ数日は一件もつかなくなっていた。
「まぁ、今夜の更新分で完結だし。最後の展開には自信あるから……きっと完結ブーストでブックマークも増える、はず!」
自分に言い聞かせるように呟く。
そう、連載中の作品というのは往々にして「完結」に切り替わった時に読者が増える。連載中に作品を追って、更新が止まったり不定期更新にやきもきするのを嫌がる読者はけっこう多いのだ。
俺も読者なので気持ちはわかる。気になるところで更新が止まるのは、本当にヤキモキするのだ。
「さーて、余生先生の作品は……っと」
気を取り直して、ブックマーク一覧を開く。
そこに表示された新着更新の中で、一番上に表示されていたのは、やはりいつもの名前だった。
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1位:『死ぬ物狂いで育てた勇者が何故か病んだ』
作者:余生
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「ピッタリ十二時更新……さすが、余生先生だなぁ」
それにしても、毎日更新し続け、なおかつどの作品も面白いなんて。
先生の新作は、投稿されたその瞬間にブックマークがつく。それは「面白さ」と「完結への信頼」が、読者に根付いている証拠だ。
(ほんと、すごい)
俺なんて、まだ書き始めたばかりの分際だ。それでランキングが伸びないと凹むなんて、おこがましいにも程がある。
「いつか俺も、余生先生みたいな作品が書きたいなぁ」
読み始めたら外界の暑さなど一瞬で忘れさせるような、没入感に満ちた、そんな物語を。
更新分の最後の一行に目を通したあと、俺はスマホをポケットにしまった。
「よし、バイト行こ」
背中に背負ったリュックがいつもより重い。でも、まだスペースはある。
俺はブルーマンデーの本棚に思いを馳せると、照り返しの凄まじいコンクリートの上を駆け出した。
◇◆◇
「こんにちはー」
店に入った瞬間、古びたエアコンの低い唸り音と、どこか懐かしいタバコの匂いが出迎えてくれた。
「あ、直樹くん。暑かっただろう。ほら、麦茶でも飲みなさい」
「わぁ、ありがとうございます!」
マスターの優しい声に誘われるまま、麦茶の入ったグラスを受け取る。一口飲みながら、ここへバイトに来たのか、大好きな祖父の家に遊びに来たのか、自分でもよく分からなくなる。
そんな俺の気持ちを助長するように、中にいた常連客たちが次々と声をかけてくれた。
「直樹君、もうすぐテストだろう。勉強の方はどうだい?」
「んー、どうだろ。大学のテストっていまいちピンとこなくて」
「直樹君、これ頂きもののお菓子なんだけど、うちじゃ食べ切れないからどうぞ」
「わー、ありがとうございます!」
ひんやりとした空気の中、タバコの匂いすら心地よく感じるようになったのだから、俺もすっかり《ブルーマンデー》に馴染んだのかもしれない。
「あ、マスター。昨日借りてた本、もう読んだので返しておきますね」
「相変わらず読むのが早いねぇ」
額の汗を拭いながらリュックから本を取り出していると、ふと奥の席から鋭い視線を感じた。
そっと視線を向けると、やっぱり余生先生がこちらをチラッと見ている。最近、こういうことがよくあった。気のせいじゃないと思う。
「……あ、これは違った」
間違ってさっき花織先輩に借りた本まで棚に直しかけて、慌てて引っ込めた。
いけないけない。大事な倶楽部の本を紛失させるところだった。
すると、カウンター越しにこちらを見ていたマスターが「おや」とこちらに向かって歩み寄ってきた。
「直樹君、その本は」
「あ、これはさっき月曜倶楽部で借りた本で……」
「その本、まだ月曜倶楽部にあったのか。もう新装版になってるようだが、ちゃんと入れ直してくれたんだね」
そう、どこか嬉しそうに目を細めるマスターに俺は首を傾げた。
「入れ直す……?」
「そうだよ。なにせ、その本を最初に月曜倶楽部に入れたのは私だからね」
「っへ!?」
「そして、その時の本は今ここにある」
そう、マスターは店の本棚から俺の手元のものと同じタイトルの、いかにも古びた本を取り出した。茶目っ気たっぷりに笑ってみせるその姿に、俺は思わず自分の持っている本と、ブルーマンデーの本棚をぐるりと見渡した。
「あの頃は、部費を全部、自分の趣味に注ぎ込んでねぇ。最初は空っぽだった本棚が、卒業する頃には棚が私色に染まっていたよ」
一瞬、時が止まったような気がした。
「月曜倶楽部は、私が作った倶楽部だ。もう四十年くらい前の話だね」
サラリと言ってのけるマスターに、俺は思わずその場でピョンと跳ねた。
まさか、まさか七曜会の創始者の一人が、こんな身近にいたなんて!
ずっと思っていたのだ。ここの本棚と、月曜倶楽部の本棚は、並びも選書のセンスもどこか似ている、と。
しかもよく考えてみればこの店の名前——。
「……ブルーマンデーって」
何度も目にしていたはずなのに、この時になってやっと気付いた。
「すごい!なんだ、ソレ!凄すぎる!」
「別にすごくないさ。七曜会のほとんどは、私の同級生が作った倶楽部なんだからね」
「っは、はぁ!?」
思わず変な声が出た。
そんなドラマみたいな話が、こんな日常の中にまぎれていたなんて……!
——だったらこれも読んでみなさいな。私の一番のオススメ。
さっきの花織先輩の言葉が脳裏を過る。
まさか歴史の始点と最前線が、この一冊の本を介して繋がってるとは。ああ、ヤバい。鼻血でそう。
「っは、ぅ……」
「直樹君?」
思わず鼻を覆う俺に、穏やかな表情を向ける優し気なマスター。
まさか、あの鬱々とした文学空間が、この人の青春の産物だったなんて。そりゃ今の俺に刺さるわけだ。
「マスター、あの、サインください……」
「え、サイン?学校に提出する書類でもあるのかい?」
俺のファン魂の籠ったセリフに対し「印鑑はどこに置いたかな」などと、明後日な事を言い出すマスターに、俺は再びブルーマンデーの本棚を見渡した。
「はぅ、ここは楽園だぁ」
思わずボソリと呟いたそのとき、隣に立っていたマスターが口元にふっと深い笑みを浮かべながら、トントンと俺の肩を軽く叩いた。
「あれ、見てごらん」
そう言って、視線だけをすっと奥に向けたマスターにつられて、俺もそちらに目を向ける。すると、余生先生のテーブルの上に、一冊の本が目立つように置かれていた。
その表紙は、なぜか不自然なほどこちらへ向けて置かれている。しかも、それはつい昨日、俺が読んだばかりの作品で——。
「行っておいで」
「っ!」
きっとその時の俺は、マスターに背中を押されずとも駆け出していただろう。
余生先生はそっぽを向いたままだったけど、俺は居ても立ってもいられず、その本を手にして一気に距離を詰めた。
「あの、先生!こ、これ、俺、読みました!」
「……ふーん」
ぶっきらぼうな返事。でも、無視されないだけ嬉しい。この本について話したいことは山ほどあるんだけど、最近はちゃんと我慢するってことも覚えた。
(あんまり一気に語ると、先生すぐ逃げちゃうから……)
そう、俺が高ぶる感情を抑えるように深く息を吸い込んだ時だった。
「で、どうだったの?」
「っ!」
よ、余生先生に初めて質問を投げかけてもらえた!あの、俺が何を言っても「うるさい」「キモい」「時間の無駄」「サイアク」しか言わなかった、余生先生が——!
彼からの予想外の質問に、俺の中のダムが一気に決壊した。
「もう、もう、もう!あの、この本のラストの〝世界は沈んだまま終わりを迎えた〟って一文、あれ、ズルいです……!何にも救われてないのに、なぜか救われた気になるっていうか、絶望なのに希望が滲んでるっていうか!あれ、文章でやっていいやつですか!?あれはもう、犯罪級の美しさで……!俺、そのあと全然動けなくなって!」
俺は、止まらなかった。
感情が爆発してたぶん、いや、かなり早口で聞き取り辛いしうるさかったと思う。けど、それでも先生は俺の言葉を遮ろうとはしなかった。むしろ——。
「……うん、それで?」
「っっ!」
少しだけ。ほんの少しだけ、先生の口元が笑っていたように見えた。俺はそれが嬉しくて嬉しくて。パソコンの画面じゃなくて、俺の方を見てくれている事が堪らなく奇跡みたいに思えて、気付けば「悪い癖」が出ていた。
「あっ、あの!先生の今日の更新分も、めちゃくちゃよかったです!」
「俺の作品の話なんてしなくていい」
その瞬間、フイとそっぽを向かれてしまった。
でも、余生先生はいつもみたいに怒って二階に立ち去ってしまうような事はなかった。それどころか、机の上に置かれた本を指さし憮然と言い放った。
「他には」
「え?」
「他にはないの」
この本の感想。
そう、短く口にした彼に俺は慌てて首を横に振った。
「あっ、あっ!まだ、まだあります!いっぱい、あの……ほんと、まだ、全然……い、言っていいんですか?」
「座れば」
いいよ、の代わりに席に座るように言われたのだろう。
う、うそだろ!まさか、あの余生先生の前の席に座る事を許可して頂けるなんて!
「あ、でも……」
とは言え、今の俺はバイトに来ている身だ。
俺が窺うように視線をカウンターの方へと向けると、そこにはにこりと微笑んで頷くマスターの姿があった。
あぁ、もう俺はとんだ怠慢バイトだ。この御恩は一生忘れません!
「あっ、あの!まず、三十五ページのこの部分なんですけど——!」
俺は先生の座るテーブルの向かいに腰を下ろし、置かれていた本を手に取って、一つひとつ感想を語っていった。話している間、余生先生は一度も口を挟むことなく、ただ静かに、うんうんと頷いてくれていた。
「分かってんじゃん」
「~~っ!」
ほとんど俺ばかりが喋っていたけど、それでもちゃんと「感想会」になっていたと思う。
前まではすぐに二階へ逃げていた先生が、今日は最後までそこにいてくれた。それだけで、なんだかとても特別なことのように感じる。
今日、少しだけ先生と前より仲良くなれた気がした。
◇◆◇
「はぁ、楽しかったなぁ」
その日、俺は最高の気分で部屋に帰った。
なにせ、あの余生先生とめいっぱい好きな作品について語り合えたのだ。本当なら、余生先生の作品についても語りたい事が山ほどあるのだが、やっぱりソレは求められていないらしい。
「余生先生は、なんで自分の作品の感想を言われるのが嫌いなんだろ?」
俺は感想が貰えた方が嬉しいのに。
でも、相手の嫌がる事は無理強いできない。俺はベッドの上で月曜倶楽部から借りた本を腹の上に置き、天井を見つめた。
最近はランキングの順位も落ちて、めっきり感想を貰える事が減ってしまった。
連載当初は、コメントなんて付かないのが当たり前だったのに。少しずつ感想を貰えるようになって、「コメントが無い」という事にガッカリするようになっていた。
「あー、俺はなんて贅沢者になってしまったんだ」
でも、今日は久々に感想が貰えそうな気がする。だって今日は——。
(作品が完結する!)
連載していた小説を完結させる日だからだ。
スマホを手に取り、ベッドに寝転がりながら、いつものように原稿のファイルを開く。
「このラストは、すっっごい自信作!」
書き始めた当初はもっと別のエンディングを用意していた。でも、ここ数日で読んだブルーマンデーや月曜倶楽部の小説たちの影響か、ストーリーの終わり方を大きく変えてみたくなったのだ。
(……うん、やっぱ最高だ)
きっと今の俺にしか書けないラストになったと思う。
脳裏に浮かぶのは今日、何度も聞いた「分かってんじゃん」という、余生先生の嬉しそうな声だった。まるで、自分の作品を余生先生に褒めて貰えたような……そんな図々しい気持ちになるのを止められない。
保存、確認、プレビュー。そして——。
「【完結】っと」
その瞬間、連載中と表記されていた俺の作品に【完結】マークが付く。
ついに完結する。その達成感に包まれながら、俺はスマホを握りしめて「更新ボタン」をタップした。
画面の向こうに、いつもよりたくさんの人が読んでくれる気がして、ちょっとだけ通知が待ち遠しかった。
「ふふ。どんな感想がくるだろ。みんな楽しんでくれるといいなぁ」
誰に言うでもなく漏れ出た言葉に、俺は月曜倶楽部で借りた本を手に取った。
「……この本も、読んだら余生先生に感想言っていいかな」
——座れば?
耳の奥で、余生先生の少しだけ弾んだ声が耳を打つ。
「感想、忘れないようにノートにまとめながら読も!」
テスト前な事もあって、次にバイトのシフトは来週まで入っていない。だからこそ、初読の感動をしっかりとノートに冷凍保存させておかなければ!
なんてワクワクしながら、本のページを捲り始めた俺は知る由もない。
【ツク・ヨム】
≪コメントが届いています!≫
その日、俺の短い投稿生活至上最多の——
――――
・最初は応援してたけど、後半から全然ついていけなかった。完結っていうより打ち切り感がすごい。
・みんな途中までは期待してたと思います。なのにあの展開、ガッカリした人多いと思う。最後まで我慢して読んで損した。
・終盤の主人公に全然共感できません。感情が薄いし、言動も意味不明。何がしたいのか終始謎。
――――
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