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12:テスト前ほど、部屋の掃除をしてしまう〝あの現象〟に名前を付けよ

 テスト前だというのに、俺は【ツク・ヨム】で新しい連載を始めてしまった。 「よし、今日の更新分【予約投稿】っと」  タイトルは『無限廻廊の勇者』。  主人公の勇者が魔王に敗れてしまうものの、聖女から与えられた光の加護により、何度も死に戻りながら魔王を倒すために冒険を続ける。そんな話だ。  死に戻りモノは人気の鉄板ネタだし、主人公にチート能力もあるし、良い感じにザマァ要素も入っている。  だから「今回こそは」と思ったのだが——。 ———— 357位:『無限廻廊の勇者』 作者:ノキ ———— 「うーん、またランキング落ちてるなー」  最初のうちは、前作の【嫌われ勇者】と同じように順調だったのだ。ランキングだって、投稿初日は過去最高の五十位代にまで上り詰めた。  しかし前回同様、俺が「ここからが本領発揮!」とばかりに物語を急展開させた途端、ランキングは一気に急降下していく。  と、同時に感想欄の雲行きもどんどん怪しくなる。そして、連載開始から一週間経った今では——。 ≪今までの死に戻りモノで一番カス。設定だけ立派で中身スカスカ≫ ≪面白いの最初だけ。話進むほど雑になっていくの笑う≫ ≪主人公に愛着湧かない。読んでてしんどいんで脱落します≫  この有様だ! 「えぇ、俺的にはここからが面白いところなのに……なんでだ?」  画面に並ぶ容赦ない辛辣なコメントたちに軽く溜息を漏らしていると、その中にリンクの貼られた感想を見つけた。 ≪作者これ見ろ→https://tukuyomu.kuso.keiziban~≫ 「ん?なんだこれ」  絶対見ない方がいいと分かっているのに、好奇心に負けて、ついついタップしてしまう。リンクを飛んだ先は掲示板サイトで、ド頭にはデカデカとこう書かれていた。 《【ツク・ヨム】地雷作者晒しスレ》 名無しさん@お腹いっぱい。 ノキ→中盤から必ずクソ鬱展開にしてくる詐欺作者。最初はフツーに面白いせいで、クソ性質いww 見た目マツタケの遅効性毒キノコだから用心しろ 「う、うわぁ」  自分の名前の横に書かれた辛辣なコメントに思わず声が漏る。  以前のように膝から崩れ落ちるような事はなかったが、それでも胸の奥がじんわりと痛んだ。しかし。 「……でも、最初は面白いって思ってくれたんだ!」  人間というのはどんな状況にも慣れるものらしい。  初めて叩かれたときのように、俺はヘコまなくなっていた。むしろ、その地雷作者スレを上から下までスルスルと目を通してみる。そして、ふと思う。 「うーん、このスレに載ってる他の作者さんって……どんな話を書いてるんだろ」  気になる。なにせ、俺と同じように掲示板にまで名前が上がるくらいだ。もしかすると、好きな系統の作品かもしれない。  うん、これは良い情報源を知る事が出来た。 「あとで読んでみよー」  掲示板の作者たちをお気に入り登録しながらホクホクしていると、【ツク・ヨム】からコメント通知が届いた。  また非難コメントかと身構えながら覗いてみる。 「あ、あっ。あの人だ!」  それまではテキトーに流し見していたコメント欄だったが、その一文を見た瞬間、俺は片手で持っていたスマホを両手でぎゅっと握り直した。 ———— あああああ~~、まさかこの展開がくるとはぁぁぁ。 はぁ、はぁ。も、呼吸困難で死ぬ。この絶望の積み重ね。ぐちゃぐちゃに歪んで壊れていく勇者の心……最高すぎて呼吸困難やば。しゅき……しゅきぃ……(語彙死) 誰も救われないのに、それでも正気を完全に失う事も出来ないまま足掻く主人公の狂気に……人間の汚さも醜さもぜんぶ抱えて自己嫌悪に苛まれながらそれでも魔王に立ち向かうとか……え、これラストどうなんの。 俺の人生クソだと思ってたけど、この作品のラスト読むまで死ねない……次回も全力で待機。ノキ先生マジ神……お願いです俺のことをどうか召し上げて……しゅきぃ(五体投地) 投稿者:ログイン外ユーザー ———— 「っはぁ、っはぁ……ぁぁ~~!」  はぁ、ヤバイ!満たされる!多幸感が凄い!  俺はスマホの画面を食い入るように見つめ、何度も何度もそのコメントを読み返した。  このわずかな間だけで、もう九回は読み返してしまった。そして今、十回目の読み返しが終わったところだ。  火照る体に眩暈を覚えつつ、まるで吐精直後のような快感が体を駆け巡る。 「……きもちぃ」  俺が全力で投げたボールを、寸分たがわぬコースの先でパシッと受け止めてもらったような——そんな最高の感覚。  こんな、気持ち良さ。これまでの人生で他に感じたことがない。 「あの展開、やっぱり俺は間違ってなかった……!」  スマホを握りしめたまま、俺はゴロンとベッドの上に転がった。そして、またすぐに画面を覗き込む。 ———— ログイン外ユーザー ————  それは【ツク・ヨム】にアカウントを持ってない人が作品に感想を送ってくれた時に表示される様式だ。もし、相手が登録しているユーザーなら、秒速フォローだっただろうに。  あぁ、残念だ。 「誰か分かんないけど……ありがとう。ログイン外ユーザーさん」  いくら多くの人間に否定されようと、この人の感想さえあれば俺は書き続けられる。  だからこそ、あんなに大量の批判コメントを貰ってもコメント欄を閉じることなく、上から順番にきちんとチェックしているのだ。  この、たった一人からのコメントを、絶対に見逃さないために。 「よーし、ひとまず明日の更新分も書いておくか!」  俺はベッドから勢いよく飛び起き、パソコンを開く。  すると、机の脇に最近ほとんど開かれていないテキストの山が見えた。 「……明日から、テストか」  そう言えば、そうだった。批判コメントからこちら、色々な事があり過ぎて殆ど勉強していない。していないのだが——! 「あー、ん――。まぁ、いっか!」  テストは、まぁ。単位だけ取れたら、それでいいって爺ちゃんも言ってたし!  俺はテキストの山を棚の奥に見えないように押し込むと、スマホを手に取り意気揚々と小説を書き始めた。

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