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28:なぜ、人は恥を晒してまで書くのか

 文学と伝統の名門【京明大学】。  それは、明治初期に創設された、日本でも有数の私立文系名門校だ。そこでは、創立からこれまで、数多くの文化人を輩出し、日本の文学史を次世代へと繋いできた。  そんな【京明大学】では、毎年十一月になると学生たちにとっての一大イベントが開催される。  今日は、その「京明祭」の当日である。  校内は、朝からどこもかしこも学生たちの明るい声に包まれていた。  屋台の呼び込み、楽器の音色、笑い声や拍手。遠くからは、軽音サークルの演奏が高らかに響いてくる。 「……くぁ」  その喧騒から、ひときわ離れた場所で、一人の生徒——宮沢直樹は、ぼんやりと窓の外を眺め、一つ大きな欠伸を漏らしていた。  静かだ、本当に。  こうして、遠くから聞こえる喧騒以外、周囲からは物音一つ聞こえない。  彼が居るのは、かつて書庫として使われていた、今では物置のように打ち捨てられている文芸棟の最奥の一室。  その部屋の入り口には、白紙にマジックで殴り書きされた一枚の張り紙が、斜めに貼り付けられている。 「七曜会の部誌は、どれもすごかったなぁ」  さすが、京明大の文学サークル。  学生が作った部誌とはいえ、過去から現在にかけて「日本の近代文学の歴史は京明にあり」とまで言われるだけのことはある。 「それに比べて、俺のは……」  直樹はポツリと呟くと、自身の手に握られた一冊のコピー本を見下ろした。 【無限廻廊の勇者】  かつて【ツク・ヨム】で連載していた彼の作品。  たった一人のために書き、そのたった一人から見放されたことで、完結させる前にアカウントごと消した物語だ。 「これは、面白いのか……?」  不安に染まった顔は、かつて一ページ投稿するたびに「最高の作品ができてしまった」なんて息巻いていた頃の面影もなかった。むしろ、今思えば、どうしてあの頃、あんなに揺るぎない自信を持てていたのか、自分でも不思議なくらいだ。  ふと顔を上げ、壁の時計を見た。  針は十四時を指している。 「そろそろ、月曜倶楽部の店番に行かないと」  直樹はふっとひとつ息を吐くと、開け放たれていた窓を静かに閉めた。小さく肩を落とし、期待に高鳴っていた気持ちに、そっと蓋をするように。  朝からずっと待ってみたが、結局、誰一人現れなかった。  直樹は〝賭け〟に負けたのだ。  むしろ、よくぞここまで未練がましく時間を引き延ばせたものだと、自嘲気味な笑みが自然と漏れた。  本来なら、全サークルを渡り歩く〝渡り鳥〟として今日も学校中を駆け回っているはずだった。だが、誰よりも疲労の滲む直樹に対し部長達は「当日くらいは好きにしな」と、厚意で店番から外してくれたのだ。  もっとも、月曜倶楽部だけは例外だったが。 ——渡り鳥君?分かってる、うちは少数精鋭なの。どんなに疲れていようと、我が部の精鋭の一人であるあなたに、抜けられるワケにはいかないわ。  少数精鋭。  彼女を前にすると、言葉というのは本当に使いようだと、直樹はいつも感心させられる。  しかし、花織からの命令に縋るような気持ちで「あ、じゃあ……一番最後のシフトでお願いします」と口にしたあの時の自分を思い返すと、あまりの滑稽さに情けなさが込み上げてくる。  あの日、直樹がブルーマンデーに駆け出した朝のことだ。  彼はマスターに、一枚のメモを手渡した。 ———— 月曜倶楽部:夢と絶望の温度 火曜倶楽部:途中で止まった物語 水曜俱楽部:あいまいな境界線 木曜倶楽部:文学は誰のものか 金曜倶楽部:物語に沈む夜 土曜倶楽部:ジャンルレス会議録 日曜倶楽部:正典を巡る午後 ————  そこには、今年の京明祭に出品される七曜会の部誌タイトルを、すべて書き連ねた。  そして、その一覧の最後に、直樹はひっそりと「存在しない倶楽部」の部誌を忍ばせた。 ———— 毎日倶楽部:無限廻廊の勇者 ————  今でも、メモを覗き込んだマスターの「七曜会ねぇ」という愉快そうな笑みが、直樹の羞恥心をじわじわと煽ってくる。  本当に、回りくどい真似をしてしまったと思う。  でも、あの時の直樹にはそれしか思いつかなかったのだ。 ——しゅきです。  そんなSNSの投稿に対して、「あの、これって俺のことですか?」なんて聞く図々しさは、もうどこにも残っていなかった。  でも、それで正解だった。 「……ほらね。やっぱり、あの投稿は俺に対してじゃなかった」  ただ、これでようやくスッキリした。  あの時、余生が「しゅき」だとのたまった作品は、直樹の作品ではなかった。 「だったら、余生先生の好きな作品って、なんだろう」  ふいに漏れた疑問に、彼は切ない気分を振り払うようにその場で背伸びをした。  まぁ、それは明日にでも、ブルーマンデーで本人に直接聞けばいい。 「先生、部屋から出てきてくれるといいんだけど」  そう、直樹がコピー本を乱暴にリュックに押し込み始めた時だった。  ガラリ。  この部屋に来て以来、一度も開くことのなかったドアが、音を立てて開いた。 「あ……」  顔を上げた瞬間、思わず短い声が漏れる。  そこには、両手いっぱいに部誌を抱えた猫背の青年が立っていた。 「よ、余生先生?」 「……」  現れた相手の名前を、直樹がおそるおそる口にする。  そこにいたのは、芹沢鴻——もとい、Web投稿サイト【ツク・ヨム】のランキング一位を常に我が物としてきた「余生」、その人だった。 「あ、あの……えっと」  あまりにも予想外の事態に、直樹は言葉を詰まらせた。  自分が呼んでおいてなんだが、まさか本当に来てくれるとは。しかも、こんなギリギリのタイミングで。  直樹が何も言えずにいる間にも、余生は視線を床に落としたまま、すり足気味に部屋へ入ってくる。壁に張り付くようにして、じわじわと直樹の足元まで忍び寄る姿は、まるで警戒心の強い猫のようだ。 ——黙れ。キモい。あっち行け。  そこに、普段ブルーマンデーで見せるような不遜な態度は、欠片もなかった。  固まる直樹の目の前で、余生はピタリと止ると、抱えていた各サークルの部誌を、机の端にドサリと無造作に置いた。 「……あ、あの」 「……」  文化祭の喧騒が遠のき、二人だけの空気が、ぎこちなく部屋を満たしていく。 「よ、余生先生、あの……お久しぶりです」 「……」  沈黙に耐えかね、直樹は再び声をかける。やはり余生からの返事はない。  まるで壁のシミでも気にしているかのように、目線だけが泳ぎ、一瞬たりとも目を合わせてこない。もちろん、返事もないままだ。 (……あ)  ふと、机上に置かれた七冊の部誌が目に入った。  それらは、誰がどう見ても〝立派〟の一言に尽きる。しかも、余生が持っていたというだけで、なおさら輝いて見えた。  それに比べて——。 「余生先生。部誌、買いに来てくれたんですね。ありがとうございます」  直樹はリュックに仕舞いかけていた手を、再び動かし始めた。 (やっぱ、むりだ……)  恥ずかしい。本当に恥ずかしかった。  稚拙な自分の作品も、そして、いつの間にか他の作品と比べて落ち込むようになってしまった自分自身も。 「あの、先生。俺、このあと月曜倶楽部の店番があるんです。もし良かったら、一緒に部室の方行きませんか。月曜倶楽部だったら、多分、先生の好きな本が——」  あると思いますよ。  そう言い切る前に、直樹の腕がガシリと掴まれた。 「っへ、え?」  とっさに顔を上げると、そこには無言で首をブンブン振る余生先生の姿。  呼吸は荒く、顔は真っ赤。それに何より、血走った瞳は、直樹の顔ではなく、手元をまっすぐ射抜いていた。 「そ、そ、それッ、を」  ようやく絞り出された声は、ひどく上擦り、裏返っていた。 「お……おれに、売って、くださ……ッ」  本人も分かっているのだろう。直樹の腕を掴む方とは反対の手で、慌てて口元を押さえる。  血走った目が向けられたのは、直樹が仕舞いかけていた、不格好なコピー本。  その視線に、直樹は隠すように本を鞄の奥へ押し込んだ。 「あの、これは……売り物じゃなくて」 「え……あ、あっ、でも!」  直樹の言葉に、余生は慌ててポケットから何かを取り出す。 「俺は……こ、これが、欲しくて。今日は、ここにきて」  差し出されたのは、あの日、直樹がマスターに渡した一枚のメモだった。 「ま、毎日……倶楽部の、部誌を、ください……っぅ」 「っ!」  そのメモは、握りしめすぎて、紙がふやけて、ぼろぼろになっていた。その様子だけで、ずっとポケットで握りしめていたのが分かる。 (……余生、先生)  以前、彼は直樹に言った。  ここ、ブルーマンデーは最後の砦なんだ、と。  外でまともに生きられない自分にとって、居場所はここしかない、と。  そう、自嘲気味に鼻で笑っていたのは、自虐ネタでもなんでもなく、きっと彼の紛れもない本音だった。  そんな彼が、こんな知らない人だらけの場所で、どれだけ必死に、自分の本を探して、ここまで来てくれたのか。  上擦った声が、震える手が。  なにより、ぐしゃぐしゃのそのメモが。その全てを、物語っていた。 (なんなんだよ、ほんとに。そんなの見せられたら……俺、もう)  賭けに勝った……ということか。  だとすれば、渡さないわけにはいかない。 「余生先生。あの……これ、あんまり上手じゃ、なくて」  直樹はコピー本を掴むと、ボソボソと、言い訳じみた言葉を紡ぎながら、そろそろとリュックから取り出した。 「俺、あの……自分の作風に酔ってる感じ……って、どうやったら直るか、全然分からなくて」  なんてダサいんだろう。  これから読んでもらおうという相手に、こんなにみっともない言い訳を並べ立てるなんて。そう、分かっていてもなお、それでも直樹の口は止まらない。 「イタかったら、ほんとに……無理して、読まなくても、大丈夫で。俺、余生先生みたいに、上手じゃなくて……他の人も、みんな面白くないって、言ってて」  手が震える。声も震える。  創作が、こんなに恥ずかしいモノだとは知らなかった。まるで、自分の恥部でも晒すようではないか。  でも、もしかしたら、それもあながち間違いじゃないのかもしれない。 (なんだ、なんだ。なんで、俺こんなに……)  先ほどまでは、余生の方が直樹から目を逸らしていたのに、今では、直樹の方が視線を泳がせていた。 (顔が……体が、熱い。熱くて、熱くて、たまらない)  この感情は、一体なんだろう。  恥ずかしいだけで、こんなに体が熱くなるだろうか。もしかしたら、もっと他の感情があるのではないか。  直樹は自分を支配する感情に名前を付けたくて、沸騰する頭で必死に考えた。でも、何も上手い言葉が浮かんでこない。 「ノキ先生」  そんな直樹に追い打ちをかけるように、頭の上から、低くてひんやりとした声が落ちてくる。  初めて、直接呼びかけられたその名前に、直樹の心臓が飛び出しそうなほど跳ねた。 「俺は、好きな作品をバカにされるのが、この世で一番嫌いだ」  さっきまでのたどたどしさなど、跡形もない。  ピンと張り詰めた声が、直樹の鼓膜を容赦なく打ち鳴らす。  だが、それも、その一言だけだった。 「……なのに。それ、なのに」  気がついたときには、俺の手から離れたコピー本が、そっと余生先生の腕の中に抱かれていた。  まるで、最初からそこにあるべきだったもののように。 「ごめん。本当に、ごめんなさい。……好きです、ノキ先生。嘘じゃないです……本当に、大好きで」  酷く狼狽しながら、それでも腕の本だけは絶対離そうとしない。  その姿に、直樹は思った。 ——お、おれ、先生にっ!手紙、書いてきて……!コレ! ——うるさい。きもい。 (やっと、俺のファンレターが届いた)  好きじゃないと言われた。もう飽きたと。自分に酔ったイタい作品だとも。  そう言われた時、羞恥心と共に直樹にとっての「書く意味」は綺麗さっぱり消え去った。もう二度と書けないし、書かなくていいと本気で思った。  余生は「みんな」の為に書く。  でも、直樹は誰になんと言われようと「余生」ただ一人のために筆を握る。  なんて重くて、キモくて、イタいんだろう。  それでも、どうしようもない。 (俺は、これでいい)  だから、彼に好きだと言ってもらえるうちは、絶対に折れない。 ——作品を読んで、感想をくれる人が一人でもいるって、それはすごいことだよ。  マスターの言葉が、やけに真っ直ぐ胸を突いた。  直樹は火照る体を持て余すように、ゆっくりと熱い呼吸を吐き出す。 「っはぁ……ン。す、好きって……はぁ、ぅれしい」  まるで、全身を煮込まれたみたいで、内側から蒸発しそうだった。  呼吸もままならない。息も絶え絶えで、視界はぼやけ、鼻の奥がツンとした。 (あ、あ、これ……もう、クる)  直樹は、いつもの鼻血の気配を察して、思わず余生に視線を向ける。そこには、先ほどまでの狼狽など微塵も見せず、血走った目で直樹を真っ直ぐに射抜く余生の姿があった。 「っも、ぁ、ぅ……出ちゃ……」  このままじゃ、余生を前に、またしても〝粗相〟をしてしまう。  それだけは回避しなければ。必死で鞄の中に手を伸ばし、ポケットティッシュを探し始めた、その時だった。 「ぁ、え……?余生、先生?」 「はぁ、はぁ……はぁッ」  いつの間にか、すぐ目の前に立っていた余生が、呼吸を荒げながら、直樹の顔を覆っていた手を掴んだ。その拍子に、鼻の下から垂れはじめていた真っ赤な鮮血が、あられもなく露わになる。 「はぁ……イイっ」  余生は、どこか恍惚とした目で直樹を見下ろすと、あろうことかそのまま、直樹の顔に唇を近づけてきて——。 「ン、っふ。っは、しゅき、しゅきれす……ノキ先生」  そして、余生は直樹の鼻血を、その舌でぺろぺろと舐めはじめた。 「っ、あ、え……えぇっ!?」  あまりの出来事に、直樹は余生の体を支え切れず、そのまま床に倒れ込んだ。  しかも、舐めるだけじゃない。  直樹にピタリと密着した余生の下半身は、ジャージ越しにしっかりと主張していた。布を持ち上げるほど、ビンビンに。  うっとりとした余生の目は、完全に——。 ———— しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき!!! ノキ先生マジ神ィ!! ————  まさに、あのコメント欄で暴走していた「ログイン外ユーザー」の時の余生、そのものだった。  直樹が混乱する間も、余生はひたすら鼻血を舐め続ける。  まるで、盛りのついた犬のように。 (っな、な、なに……これぇ)  こんなの変だと頭では分かっているはずなのに、直樹の体もまた、どうしようもなく熱を帯びてしまう。 「はっ、ふ……よ、余生せんせ!そんな、汚いから……ん、ふぅ」 「はぁ、はぁ……汚くない、汚くない……ノキ先生の血……マジで尊い、しゅきしゅき、しゅきです……!も、結婚してください……!」  突然の、告白という名のプロポーズ。しかも、それはコメント欄での高ぶったテンションを表す比喩でもなんでもなかった。 「あ、あの……これ、受け取ってほし、くて」  余生はおもむろにポケットから四角い箱を取り出すと、直樹の目の前でパカリと開けた。中には、どう見ても高そうな、素人目にもヤバいレベルの指輪が鎮座していた。 「け、結婚してください……。俺、社会不適合者ですけど……ぜ、ぜったい幸せにしますから……無理心中とか、しませんから。……た、たぶん。神経も、できる、だけ……病まないように、気をつけます。だからっ……!」 「ぁ、あの……えっと」  もう、何がなんだか分からない。  どうやら余生は、感想欄でのテンションに任せた「結婚して!」ではなく、本気で直樹と結婚したがっているらしい。  直樹は、ふと脳裏をよぎった疑問を、そのまま口にした。 「あの、よ、余生先生が……好きなのは、俺じゃなくて、俺の作品……なんじゃ」 「は?なにそれ」  次の瞬間。  それまで完全に暴走モードだった余生が、ピタリと動きを止めた。  興奮しきっていた表情が一瞬で消え、ブルーマンデーで見せる、あの無気力でスンとした顔が、ひょっこりと顔を出す。 「作品と作者を、分けて考える必要あんの?」 「っ!」  その言葉に、直樹は息を呑んだ。 「アンタも、俺と作品、分けて考えられるのか」  余生の言葉は、まるで矢のように一直線に直樹の胸を射抜いた。 (確かに、余生先生の言う通りだ)  直樹にとって、余生は【ツク・ヨム】のランキング一位を独占する、尊敬すべき小説家であり、人間関係の構築が下手で、それでも「書くこと」にひたむきな、ただの十六歳の男の子でもある。そして、なにより——。 (この人は、俺の大好きな作品を〝作った人〟だ)  そんな存在を、作品と分けて考えろだなんて、ムリに決まってる。  そう思った瞬間、いつだったか花織先輩に投げかけられた言葉が、耳の奥で響いた。 ——ねぇ、こう言ってはなんだけど……気持ち悪くないの? (気持ち……悪い?)  直樹は、目の前でどこまでも真っ直ぐな目を向けてくる余生に向かって、花織先輩からの問いに答えるように呟いた。 「俺も、余生先生のこと……しゅきです」 「~~っっっ!!!」  直樹が「ふへっ」と笑うたびに、鼻血がぽたぽたと落ちる。  その様子に余生が息を荒げ、舌を伸ばした——まさに、その刹那。  外界と二人だけの空間を隔てていた扉が、強引に開け放たれた。 「遅いわよ、渡り鳥クン。いつまで待たせるつもり?」 「「あ」」  そこにいたのは、鏡 花織。  月曜倶楽部の部長であり、他の七曜会の部長たちから「ゴスロリ様」と陰で一目置かれている彼女は、小柄な体でありながら、誰よりも場を制する気配をまとい、入口に静かに立っていた。 「これは、一体……なん、の集まり?」  その瞬間、彼女の目に映ったのは、床に倒れ込み鼻血を垂れ流しながら恍惚とした笑みを浮かべる直樹と、彼の鼻の下を舐めながら、妙にトロンとした目で直樹に指輪を突きつける余生の姿だった。  まさに、本人達以外は地獄絵図。  しかし、そこはさすが、厭世と虚無の月曜倶楽部の部長。地獄の沙汰には慣れているとでもいうように淡々と告げた。 「やっぱり、渡り鳥クン。あなた、最終的にはそういう場所に行き着くタイプだったのね」 「……そうい、う場所?」 「まったくもう」  何も分かっていない直樹の反応に、花織は頭を押さえてため息をついた。  そして、微かに拗ねたような口調で続ける。 「まあいいわ。そういうことは、とりあえず部室の隅っこでひっそりやりなさい。我が部の精鋭が水曜の腐女子たちに拉致されては、かなわないもの」  呆れ顔の彼女を前に、直樹はこっそり鼻血を舐めてくる余生のヌルリとした舌に背筋を震わせながら—— 「……ぁい」  ぼんやりと頷くしかなかった。

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