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27:作品より、作者が燃える時代

———— あーーーーー……。 俺、最低。マジで、死んだ方がいい。 いや、死んだ方が……っていうか、俺が知的生命体だなんて、そもそも壮大な勘違いだった。 ただの、蝿です。ゴミです。誰か、俺を叩き潰して……。 俺は、なんで……あんな、バカなことを。 あ……あ……飽きてません、飽きてません、飽きてませんから……。マジでしゅきすぎて頭どうにかなりそうなくらいで……。 あ゛ーーーーーーーーー!!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!! (語彙死亡)(自尊心死亡)(俺、存在価値も死亡)(息してるだけで罪) 俺が悪い、俺がクズ、俺が死ねばいい、でも、しゅき。 しゅきすぎて、しゅきすぎて、しゅきが突き抜けて、ゾッコンで、結婚したいです!!! こ、婚約指輪買えばいいですか!?なにを捧げたら許してもらえますか!?!? あーーーーー、でも、俺みたいな、社会にすらコミットできないごみカス野郎には、それしか方法もわからな……。 あああああああああああ(思考停止) (もう、虫以下。虫が可哀想。俺なんかより、虫の方が頑張って生きてる) ———— 「……え?」  編集さん同様、俺もスマホを前に固まっていると、隣で覗き込んでいたマスターが「なぁんだ」と、なんてことない顔で口を開いた。 「直樹君、コウと喧嘩でもしたのかい?」 「あ、いや。俺は別に喧嘩とかは……」 「ふーん?でもこれ、コウが『ごめん』って言ってるんだと思うけど」  その言葉に、胸の奥がほんの少しだけ疼いた。 「きっとまた、何か思ってもないことでも言って、自分で勝手に落ち込んでるんじゃないかな」  老眼鏡を押し上げながら、「あの子、昔っからそうだから」とマスターが呟く。視線は二階を見上げ、肩をすくめてみせた。  すると、隣にいた編集さんまで俺に詰め寄ってくる。 「そ、そうなの!?け、喧嘩が原因?だったら、その……すっごく大人の事情を押し付けて申し訳ないんだけど、できれば早めに仲直りしてもらえると助かるっていうか……!」 「あ、違います違います!俺、余生先生と喧嘩なんてしてません!だって、俺、だって……!」  俺は混乱しながら、もう一度スマホを見た。  ——しゅきです。  その一文が、耳の奥にこびりついて離れなかった余生先生の「もう好きじゃない」という言葉を、少しずつ薄れさせていく。  でも、だからといって、この書き込みが俺宛てだなんて、どこにも保証はない。  余生先生は俺が「ノキ」だなんて、知らないはずだ。 「余生先生は……別に、俺の事なんて、どうでもよくて」 「直樹君、私は前にキミに言ったよね?コウは直樹くんのこと、好きみたいだって。あれは気休めでもなんでもない」 「でも、俺は余生先生みたいに……面白い小説とか……書けないし」  モゾモゾと呟く俺に、マスターは穏やかながら、どこか確信めいた口調で重ねた。 「私はWeb小説の事はよくわからないけど、あの子の——コウの事は、よく分かってるつもりだ」 「……」 「だって、私とコウはよく似てるからね」  マスターの、茶化してるようでいて、絶対に逃げ場を残してくれないその口調に、思わず、余生先生の部屋に駆け出しそうになる。  けれど、恥かしさに足がすくんだ。  もし、コレがまったく関係ない〝誰か〟に向けたものだったら……今度こそ、俺は恥ずかしすぎて、一生立ち直れないだろう。  だから、俺は一つ賭けに出ることにした。 「……あ、あのマスター」 「ん?どうしたんだい」 「なにか、書くものを貸してもらえませんか……」  体の奥から湧き上がってくる、抑えきれない「期待」に、体が火照って仕方がない。  ダメだ、ダメだ、分かんないのに期待するなんて。  俺は耳まで真っ赤になっているのを自覚しながら、マスターから「これでいい?」と手渡されたペンとメモに、そろそろと文字を書き連ねた。 「あ、あの。それ、京明祭で販売される部誌のタイトルで……」  マスターにメモを渡しながら、背中がムズムズするような気恥ずかしさを必死に押し殺して、俺は言葉を紡いだ。 「お、俺、七曜会の全サークルに入ってるので……全部誌に俺の記事が入ってて。だから、よ、よければ……余生先生が、忙しくなければ……買いに来てくれたら、嬉しいなって」 「ほう、これは」  俺のメモを覗き込むマスターの目が、「七曜会ねぇ」と、どこか愉快そうに細められる。  その姿に、鼻の奥がツンとした。  あ、これは久々にキそうだ。 「む、無理だったら、全然大丈夫なので!余生先生、締切で忙しいだろうし。それに、あんまり……外、出たくないだろうし」  そう。余生先生は、ほとんど外に出ない。  いや、そもそも、会ってから一度たりとも、先生が外に出ているところを見たことがなかった。  だからこそ、これは俺にとっても〝賭け〟なのだ。 「わかった、これは責任持ってコウに渡しておくよ」 「ありがとうございます。じゃ、あの……俺、京明祭の準備があるので、これで失礼します」  そう言って、真っ赤な顔を隠すように背を向けた、その時だった。 「直樹君」  マスターが、優しい声で俺を呼び止めた。そして。 「あの子のこと、わかってくれて、ありがとうね」 ——あの子の小説、好きになってくれて、ありがとうね。 「っ!」  いつだったか、マスターに掛けられた言葉とは、ほんの少しだけ違う。  でも、なぜだろう。今回の方が、ずっとずっと、俺の胸に響いた。  本当は、振り返って「マスターの方がわかってますよ」と言うつもりだった。  だけど、それは無理だった。 (……あ゛いっ)  鼻の奥がツンとする。  でも、それはいつもの血の匂いじゃなかった。ぐずぐずに溜まった涙と鼻水のせいだ。 ——いい、言わなくても分かるから。  俺は、あのときの余生先生の言葉に、どれだけ救われたか分からない。  あぁ、俺も余生先生のことを……少しは〝分かって〟あげられたのだろうか。

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