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26:Web作家に「死亡疑惑」が流れる時
「あ、れ?」
やっぱり【那須与一】は、あの日から一ページも更新されていなかった。
三日間、余生先生が更新しないなんて、本当にありえない。
俺は、慌てて横になっていた体を起こし、普段はあまり見ないようにしている作品のコメント欄へ飛んだ。
案の定、コメント欄もザワつき始めている。
≪え、もしかして余生、死んだ?≫
≪うそうそうそ!余生先生、生きて!更新なくて禁断症状きた!≫
≪えぐい展開のまま放置とか鬼畜すぎるんだけどw≫
≪これ、もしや余生の本気鬱展開前の沈黙?≫
≪編集さんでもいいから、誰か先生の無事だけでも確認して……≫
あまりの動揺に、思わずその中に混ざってしまいそうになる。
けど、かろうじて手は止まった。
寝不足の頭が現実を受け入れきれないせいか、「余生、死んだ?」「余生先生、生きて!」という字面に、妙にジワジワきてしまう。
「……じゃないっ!」
仮眠を取ろうとしていたことも忘れ、気づけば部屋を飛び出していた。
≪編集さんでもいいから、誰か先生の無事だけでも確認して……≫
コメント欄の言葉に突き動かされるように、寝不足の身体を無理やり叩き起こし、全速力で走った。もちろん、向かう先はブルーマンデーだ。
「余生先生、どうしたんだろう」
朝八時。
ブルーマンデーはモーニングもやっているので、開店時間も七時と比較的早い。店の前には、いつも通り「OPEN」という札がかかっており、ひとまず胸を撫でおろした。
こうして店が開いているということは、コメント欄で書かれていたような「最悪の事態」の線は、ひとまず消えたはずだ。
「とりあえず、マスターに話を聞いてみよう」
扉を開けた、その瞬間。
カラン、と鳴る音が、やけに遠くに聞こえた。
「コウがご迷惑をおかけして、本当にすみません」
「あ、いえ。私どもも連絡が取れず、心配していただけなので。先生が元気なら、それで安心しました」
そこには、スーツ姿の男性にペコペコと申し訳なさそうに頭を下げるマスターの姿があった。そのスーツの男性には見覚えがある。
彼は余生先生の担当編集の一人だ。
「ただ、書籍化分の原稿の校正チェックと、コミカライズのネーム確認が……ちょっと、ギリギリで」
「……そうですよねぇ。私からも何かあったのか聞いてはいるんですが、うんともすんとも言わなくて」
込み入った話に、声をかけていいものか迷っていると、マスターが俺に気づき、懐かしい、優しい声で言った。
「あぁ、直樹君。おはよう。もしかして、直樹君もコウを心配して来てくれたのかい?」
「あ、えっと……はい」
俺がおずおずと頷くと、マスターは「直樹君にまで心配をかけて、ほんとに困った子だよ」と、肩をすくめた。
隣に立つ編集さんも、店の奥の階段を見つめながら、深々と頭を抱えている。
「コウね、先月末くらいからずっと落ち込んでるんだけど……直樹君、理由とか知らないかい?」
先月末。
そういわれて、思い当たる節がないわけではない。なにせ、先月末といえば俺が最後に余生先生の部屋を訪れた日であり——。
(俺が、アカウントを消した日だ)
しかし、脳裏によぎったその考えに俺は勢いよく蓋をした。
——最近のノキ先生の作品……あんま好きじゃないわ。飽きてきたかも。
余生先生の吐き捨てるような声が、俺の羞恥心をぶり返してくる。
さすがに、この異常事態の原因が「ノキがアカウントを消したこと」だなんて思うのは、いくらなんでもおこがましすぎる。
「わ、分からないです」
俺がおずおずと首を振ると、マスターは「そうかい」と頷いたきり、深くは聞いてこなかった。
「直樹君も理由が分からないとなると……んー、何があったのかねぇ」
「あの、マスター。先月からなんですか?余生先生の更新が止まったのは三日前からなんですけど……」
俺が首を傾げると、考え込んでいた編集さんが答えてくれた。
「余生先生は基本、Webの更新は一週間分、余裕を持たせて予約投稿してるから」
「あ、そうなんだ」
そういえば以前、俺が先の更新を心配した時、「投稿分は溜めてる」と言ってた気がする。
そっか。先生はそんなに先まで、ちゃんと準備してるんだ。だからこそ、投稿分に対する辛辣なコメントにも、あれほど冷静でいられたのかもしれない。
「余生先生は、やっぱりすごいなぁ」
思わず漏れた感想に、編集さんもスマホを片手にしみじみと頷いてみせた。
「そうなんだよ。メールの返信も早いし、締切も必ず守る。いや、むしろ早すぎるくらいで……何より、このご時世。SNSで余計なことを言わないから、変な炎上の心配もない。その辺の情報発信って大人でも難しいのに、先生はまだ十六歳で、本当に理性的な人だよ」
編集さんに手放しで褒められる余生先生に、なぜか俺が「でしょう!」と誇らしい気持ちになる。
……ただ、「理性的」ってとこだけは、ちょっとだけ異を唱えさせてもらいたい。
————
以下、ノキ先生への感想。他の蝿共は読むな。
はーーーー!
しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき!!!
ノキ先生マジ神ィ!!
————
俺の作品の感想欄での余生先生は、いつも「理性」のタガを外してくれていた。
直接話す時はスンとしてるけど、感想を送ってくれる時のクセは、本当にすごくて。
そういうところも含めて、俺は余生先生が大好きだった。
「余生先生、ほんとにどうしちゃったんだろう」
「書くこと」にあれほど執念を燃やしていた彼から、「筆」を取り上げたモノとは一体何なのか。
もし悩んでいるなら、俺に何かできることはあるだろうか。
そう、俺が戸惑う編集さんをよそに頭をひねっていた、その時だった。
「はぁっ!?」
それまで難しい顔をしていた編集さんが、素っ頓狂な声を上げた。
彼の視線の先にはスマホがあった。俺が目を瞬かせて首を傾げると、編集さんは言葉を詰まらせたまま、「よ、余生先生のSNSが……」とだけ言った。
「余生先生のSNS?」
部屋を出る時にそっちもチェックしたが、その時は何も投稿されてはいなかったはずだ。
俺も慌ててポケットからスマホを取り出すと、SNSを開いた。
するとそこには、異常で、熱くて、胸がざわつくような——。
でも、俺にとってはどこか懐かしい、あの文面が踊っていた。
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