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LESSONⅠ:第3話

 雅紀は黒髪のオールバックスタイルを手櫛で崩しながら嬉しそうにナギサが横たわっているソファーを覗き込んだ。  誰もが振り返るようなモデルスタイル。  細身ながらも均整の取れた筋肉。中世の騎士にも見劣りしない彫の深い美貌。さらに冷酷さを帯びた眼差しは他人向きのようで、ナギサの前では柔らかく目尻を下げて微笑んでいる。  仕事で笑顔を見せたことがないと有名な彼だというのに甘い視線ばかり投げかけられるとナギサは身体の奥からじわっと熱くなる。 「あぁっ、俺が用意しておいた部屋着に着替えてくれたんだね。どう? 着心地は?」 「まぁ……肌触りが良いから着やすいかも。それにサイズがぴったりなんだ。どうして……ボクのサイズを知ってるの?」 「常識だ。可愛いナギサのことを俺が知らないはずがない」  顔を近づけて告げる雅紀の大きな両手がナギサの頭部を覆い、襟足まで撫で下ろされた。 「お、髪がいつもより柔らかいな」  猫の毛のようにふわふわとした栗色のナギサの髪の香りを雅紀は鼻先をつけて嗅いだ。 「このシャンプーの香りは……シャワーに入ったばっかりか? ほら、肌もツヤツヤだし」  いまはプロデューサーとして有名だが、元はギタリストとして活躍していた雅紀のごつごつとしながらも長く繊細な指先がナギサの頬を色っぽく擦った。 「んっ……。ちょっと、な、なんで顔、触るの……」  触れられた箇所から雅紀の体温を感じたナギサは身に覚えのない吐息を漏らしてしまった。 「俺に触られるのは嫌か? 歌うときとは違った可愛らしい声が出ちゃっているのになぁ」 「べ、別に……嫌というわけではないけど」 「じゃあ、触っていいってことだな」 「あっ、んっ、ダメだって……」  もっと触れて欲しい気持ちとこれ以上触れられたら身体の奥で燃え上がりそうな熱がせめぎ合う。きっと脳のほうが先に制御をかけようとするだろう。 「そんなに何度も指で顔を撫でないでよっ」  自分自身へ欲望を追いやるようにナギサは彼の指先を払いのけた。 「すまない。調子に乗り過ぎた」  その手を引っ込めた雅紀はナギサから目を逸らしてソファーに腰掛けた。  広いリビングに置かれた小さなソファーに百九十センチを超える長身の雅紀が座ると距離が自然と縮まる。反射的にナギサは身体に力を入れて離れようとした。  触れられたくないというわけではない。  触れられることに慣れていないだけなのだ。  もし、触れられたときの心地よさが忘れられなくなってから雅紀がいなくなったら、と思うと最初から気持ち良い思いをしたくない。  それにこのソファーはひとりで座るために買ったのだろうか。それとも恋人か誰かと密着するために買ったのか。  百七十センチくらいのナギサでさえ、隣に座ると勝手に二の腕同士がくっついてしまう。  ひとりで座るには大きすぎる。しかしふたりで座るのには小さい。  最初から誰かを家に連れ込んで密着するために買ったソファーではないのだろうかとナギサは疑わずにはいられなかった。  五年前に組んでいたバンドを解散した雅紀はギタリストとしての演奏や楽曲提供などプロデュースを生業としている。  バンド時代はそこまで有名ではなかったが、ソロになってからは海外アーティストのサポートメンバーとしてギターテクニックが認められたり、多くの楽曲提供やプロデュースで有名になった音楽家だ。  そんな彼がどうして歌い手としてはまだひよっこのナギサと一緒にいるかと言うと、ナギサが動画配信で歌っていたころからの視聴者で熱烈なファンらしい。それは音楽の仕事としての視点なのか、ただのファンなのかはナギサには知り得なかった。

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