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LESSONⅠ:第5話

 まっすぐ見下ろされる雅紀の熱っぽい目線から逃れたかった。  人を好きになるというのはどういう気持ちなのだろう。  キスをしたら胸が「とくん、とくん」と鳴るのは、好きということなのだろうか。  そういう気持ちをナギサは誰からも教わったことがなかった。  家族とは幼少期のときに疎遠となった。  誰からも愛情を受けたことがないから、どんな風に愛されて、そして自分がどんな風に人を愛すればいいかを理解することができなかった。  でも雅紀に求められたら、なにか応えたいという気持ちでいっぱいになる。  それを恋というのかは分からないけれど、【偏愛音感】だけは答えをくれた。     雅紀の歌声を聴くと、言葉が脳内に流れ込む。  それは彼が自分を好きでいてくれて、彼を好きだという証拠だ。そうであって欲しいと願ってしまうのは、好きという感情なのかどうか、どうやったら分かるのかナギサは知りたくてしかたなかった。  両親が幼いころに離婚したナギサにとって家族の記憶はわずかな時間しかなかった。  母親に引き取られたナギサには双子の兄がいたが、父親に連れて行かれたあとの消息はまったく教えてもらえなかった。  母親からはずっと「兄ちゃんは死んだと思え」と言われ続けた。  その母親といえば、ほとんど家におらず、たまに帰ってきたかと思えば、知らない男と連れ添って寝室に篭り、大きな喘ぎ声で叫んでいた。  そんな記憶しかない。女手一つでナギサを育てたといえばそれまでだが、母に好かれたことはなく、彼女はいつも行きずりの男に熱を上げては捨てられていた。その姿しかナギサは知らなかった。  家族、というコミュニティを知らずに育ったナギサは誰からも求められず孤独に生きてきた。だからボーカリストになったいま、ファンや雅紀に必要だと言われるとその気持ちに応えたいと必死に脳が過剰に反応してしまう。  求められたら、捨てられないように努めなければならない。  母はたくさんの男に求められ、簡単に捨てられた。そのように自分も同じ道を歩むかもしれない恐怖が、人付き合いにおいて発生しては脳がこじらせて、恋に発展することはなかった。  恋とか愛とか分からないけれど、性的な欲求は弱いながらもあった。  その対象が同性だと気づいたのは中学生のときだ。  知らない男に抱かれている母親の喘ぎ声を聞きながら、自分もその男たちに求められて抱かれたいと身体が反応を示したのだ。  恋よりも先に性欲を理解したナギサは、そのことにも嫌悪感を抱いていた。  好きでもない男に抱かれたいと思うなんて、母よりも最低かもしれない、と。  【偏愛音感】の能力に気づかなければ、雅紀にキスをされて身体を火照らせたのは性欲のせいだと決めつけてしまったかもしれない。

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