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LESSONⅠ:第6話

「好きが分からないナギサに、好きになってもらうには……どうしたらいいんだ……俺は」  キスをすることができなかったナギサの唇を雅紀は指で擦りながら耳元で囁く。 「ちょっと、ち、近いよ……」  雅紀から顔を離したが耳朶にかかった吐息で胸の奥が再び「とくん」と鳴った。近ごろのナギサの胸は知らない音程で鳴ることが増えた。 「だからさ、ボクには好きとかそういうのが分からないんだってば」 「二年前から俺がナギサだけにアプローチしているのに? まだ分からないの?」 「え……? ボクだけに?」  週刊誌の帝王と呼ばれるほど、たくさんの女性と遊んでいるイメージの強い雅紀がナギサだけに「好き」と言っていることがにわかに信じられなかった。その雅紀がじっと見つめる目線にナギサの胸は騒がしくなる。 「そうだよ。ずっと、ずっとナギサのことだけが好きなの。この部屋でこうして狭いソファーに座れるのはナギサだけなんだぞ?」 「うそだぁ……」  雅紀とこうした関係になったのはいつからだっただろうか。  出会ったのは二年前だったはずだ。  ナギサはプロのボーカリストとしてデビューするとすぐにラジオ番組のレギュラーが決まった。その初回のゲストが雅紀だったので忘れることはできない出会いだ。  当時、売れっ子プロデューサーの雅紀が名も知れていない新人ボーカリストがパーソナリティを務めるラジオ番組にゲスト出演することはありえないことだ。  番組サイドから雅紀に出演オファーをしたのではなく、彼が自ら出演したいと申し出たことをナギサは番組収録の原稿を読み上げているときに知った。  本番中、なぜこんな有名人が自分のような新人ボーカリストの番組に出演をしたいと言ったのか、ぐるぐる考えてしまった。しかし音楽業界でこれから活躍していく上で、彼の目に止まった嬉しさも複雑に絡み合い、どう接していいか分からないまま番組収録は終わりの時刻を迎える。  出演しただけでもありえないことなのに、収録が終わったあと雅紀から内緒で連絡先を渡された。 「高輪理人(たかなわりひと)のプロデュースより、俺はもっとナギサの魅力を引き出せる自信がある。だから一度、俺の作った曲で歌ってみないか?」  それが雅紀と連絡を取り合うきっかけとなった。

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