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LESSONⅠ:第7話
ナギサはプロにしてくれたプロデューサー兼コンポーザーの高輪理人を裏切りたいわけではない。
彼はプロデューサーとサポートメンバーを兼ねており、ナギサを売り出すコンセプトとしてふたりは恋人同士という流行りのボーイズラブ要素を取り入れた。
理人の思惑どおりファンはナギサと理人がステージ上で絡む演出になると盛り上がり、インターネット上での反応は上々だった。
たしかに理人は裏方に回るにはもったいないビジュアルの持ち主だ。
アイドルユニットから俳優へ転身した桐生ジュンにそっくりだとナギサは思っている。それは理人がナギサのライブで顔を出すようになるとファンのあいだでも噂になっていた。
そんな彼のおかげで、たったひとりで動画を撮っていた自分から、大勢の人の前で歌う機会に恵まれてご飯を食べることができている。
理人へ感謝をしているというのに、雅紀から連絡先をもらった夜、ナギサは彼のことが頭から離れなかった。たくさんの女性たちへ楽曲提供をして彼女たちは名前が売れた。彼がプロデュースするのは女性だけというのに、なぜ男性であるナギサに声を掛けたのか気になって仕方ない。
自分の魅力がどういうところなのか、いまだに分からない。
理人は戦略的に売り出すことについては常に意見を聞かせてくれる。しかしボーカリストとしてのナギサの魅力について教えてくれたことはなかった。
自分を必要としてくれる人の期待に応えたい。
自分の魅力について、もっともっと知りたい。
それが渡された連絡先にメッセージをした理由だった。
しかし音楽の仕事について話をしたのは最初の数回で、いつの間にか雅紀から合鍵を渡されると彼のプライベートの時間に会う仲になってしまった。
「でもさ、こんなに簡単に合鍵渡したり、キスしようとしたり……ちょっと信じられないよ」
雅紀の人差し指で唇をふにふにと触られているナギサは彼を押しのけて起き上がろうとした。しかし上質な筋肉を持つ雅紀を動かすことはできず諦める。
「……プロデュースしたいみんなへ合鍵を渡しているんじゃないの?」
「だから……俺はいままでプロデュースした女たちに手を出したことはない。ナギサを動画で見つけたときから、その歌声に惹かれたの。どうやったら信じてもらえるんだ?」
困った表情で覗き込む雅紀の瞳に映っているのは不安げな自分だった。
彼はそのまましばらく考え込んだのち、二重の瞼をゆっくりと一度だけ下ろして深呼吸をする。
「わかった。いきなり恋人になってと言っても、ナギサは信じてくれないから契約を交わそう」
「……契約ってどういうこと?」
「それはナギサが俺のことを好きになってくれるまで、恋人の仮契約を締結することだよ」
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