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LESSONⅠ:第8話

 嫌と言わせないように雅紀はすばやく唇を重ねた。  抵抗する間もなく、キスで唇を支配されたナギサは不意打ちだったせいか受け入れてしまう。 「んっ……やぁ、め……!」  やめてと叫びたいのに気持ち良さが勝って喋ることができない。  誰かとする口づけをすることが、こんなにも快感で脳が痺れてしまうのだろうか。  唇から伝わった熱が身体じゅうへ循環する快楽があることをナギサはいま初めて知った。  ほんのわずかに彼の唇が離れた瞬間に「……ねぇ、ま、雅紀さん」とナギサは尋ねた。 「なぁに、ナギサ。もっとキスしたいの?」 「んー、えっと、あのね。ボク、雅紀さんの歌声を聞くと言葉が聞こえるんだ」 「なんだって?」と、もっとキスを仕掛けたい雅紀は大きく瞳を開いた。どうやら雅紀は【偏愛音感】の定義を知っているようだ。 「うん、【偏愛音感】が発動しているみたいなの」 「おい、それは好きな人の声が聞こえる現象なんだぞ。ナギサが俺のこと好きって言っていることと同じだ」 「そうだよね……どうしてボク、雅紀さんの声、聞こえちゃうんだろ」  どんな告白よりも彼にとって嬉しかったのか、雅紀の白い頬がすこしだけ赤く染まっている。 「実は、俺も聞こえるんだ」 「ウソ……、雅紀さんも持っているの? 【偏愛音感】を」  日本人の五人に一人は持っていると言われている【偏愛音感】。  数値的には多いけれど、発動する条件が「想い合っている同士」が歌うこと、もしくは「前世から繋がりのある人物を探す行為」であることから、実際に能力があると気づいている人は少ないと言われている。 「あぁ。むかし発動したことがあったんだけれど、そのころはこんな名前ついてなかったから気づいてなかったんだ」  雅紀がいままで誰かに対して【偏愛音感】が発動したことを考えると胸に小さなトゲが刺さったような痛みが走った。 「ナギサと近い距離で接するようになって確信したんだ。俺と出会う前はナギサの歌声を聞いても聞こえなかった声が一緒に過ごすようになって聞こえるようになったから」  聞こえる、ということはやはりナギサは雅紀のことを好きって思っている証拠だ。【偏愛音感】がなかったら恋とか繋がりを可視化することができない自分が恥ずかしくなる。   「聞こえるということは、思っていることが伝わってるってことだよね……。ボク、変なこと言ってなかった?」 「まぁ、秘密だ。俺にとっては嬉しいことだし」  そう言って雅紀はナギサの持ち曲を歌い始めた。すると雅紀の心の声が脳内へするりと入り込む。

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