13 / 100
LESSONⅡ:第13話
誰もいない海に叫んでみたが返事はない。
その代わりにズボンに入れていたスマホが鳴り響いた。画面には田端涼太 (マネージャー)と表示されていた。ナギサは慌てて電話に出る。まだ事務所に行く時間ではなかったはずだ。
「もしもし、どうしたの? 涼太さん」
ナギサのマネージャーはプロデューサーである高輪理人の大学からの友人だ。
理人と涼太はいちど音楽とはまったく関係のない企業へ就職したが、音楽業界への夢を諦められずにタッグを組んで個人事務所を設立した。
無名の歌い手だったナギサをスカウトしたのは、のちにマネージャーとなる涼太だ。
好きな曲をひたすら歌うだけの動画配信を見ていた涼太は、事務所で初めてプロデュースするアーティストとしてナギサを選んでくれた。そして頭脳明晰で世間の流れを読む力もある理人のお陰でデビューすることができた。
「ナギサ、打合せの時間より早いけど、事務所に来られるか?」
「んー、いいよ。でもね、いま事務所から二時間以上かかる場所にいるの」
「ずいぶん遠いところにいるんだな。もし時間あれば三人でメシ食ってから打合せしようかと思ったんだけど」
「えー! 早く言ってよ!」
ナギサはひとりで食べるご飯より絶対に三人のほうが美味しいことは分かっていたので大きな声で叫んだ。
「まさかそんな場所にいると思わないからさ。俺たち腹が減っているから、先に食べるぞ。ちゃんと打合せの時間までには戻ってこいよ」
涼太からの電話が切れると駆け足で車に戻った。
後ろ髪を引かれるように波打ち際を振り返ると、すでに海は穏やかな表情へ戻っている。
「なんでボクは突き飛ばされたんだろう……」
後味の悪い映像が頭の片隅に残っていたが、事務所へ戻るために車のエンジンをかけた。
防波堤そばの静かな駐車場に排気音が身体の底を這うように低く響き渡る。
アクセルを踏み込んでハンドルを軽快に切り返し、ふたたびシーサイドラインを走りながら、都内へ戻る高速道路のインターチェンジを目指した。
ともだちにシェアしよう!

