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LESSONⅡ:第18話

 会議が終わっても理人に指摘された歌のテクニックについて霧のなかに隠れた答えを探すくらいナギサの肩に重くのしかかった。  晴れない気持ちのまま愛車に乗り込んでエンジンをかける。  帰る場所は自宅がある東中野ではなく事務所から車で十分程度の雅紀の部屋だ。  いつでも来ていいと言われているので、雅紀に部屋へ寄ることを連絡しなかった。それに仮の恋人として契約を結んだこともあり、ナギサなりに考えた「恋人」としての振る舞いとして会いに行こうと考えたのだ。 「恋か……」  恋をしている気持ちを考えると雅紀とのキスが思い出された。  あの行為をしてからナギサは無性に雅紀に会いたくて仕方がない。  お互いに仕事ですれ違うときも多く、会えない日はこの世が終わったかのように絶望して、募った欲で身体が疼いてしまった。  自分自身で解消しようとすればするほど虚しい。  ひとりで解決できない欲求があることをナギサは初めて知ったのだ。  これが恋する気持ちなのか性的欲求を解消したいだけなのかまだ区別がつかなくて苦しい。  もうすぐ彼が住むマンションの通りに差し掛かるところで、スマホに着信があった。いったん車を止めて画面を確認するとそれは雅紀からの着信だった。 「もしもし、どうしたの?」 「ナギサ、いますぐ会いたい……」  電話の向こう側で雅紀の声は震えているようだった。 「うん、いま向かっているところ」 「数分も数秒も待てない。いまどこにいる?」 「もうすぐマンションの前に着くから、待ってて」  いままでこんなに切羽詰まった声を聞いたことがなかったので、電話をオーディオに繋いで通話中のまま車を走らせた。雅紀は黙ったままだ。  何かあったのだろうか。  いつも明快でちょっぴり意地悪な雅紀が激しく動揺しているような雰囲気に胸騒ぎが止まらなかった。  マンションの駐車場へ入ると通話を一度切断して車を停めて、急いでマンションのエントランスへ向かう。  雅紀の身に良くないことが起きたのではないかと、ナギサに胸の鼓動は痛いほど大きく鳴っていた。  オートロックで施錠されている入口は合鍵を持っていたので問題なく解除できた。  息を切らしながらエレベーターを待っていると一階へ降りてきたエレベータ内に人が乗っていた。慌てていたナギサはサングラスを車のなかに忘れてしまったことを後悔したがもうすでに遅かった。すでにエレベーターのドアが開いてしまったのだ。  もし誰かに、ここにいる自分の存在を気づかれたら──雅紀との関係が明るみに出てしまうかもしれない。  冷や汗が背中を伝い、咄嗟に下を向いて顔を隠す。  指で合鍵をつまんだままの格好でエレベーターから降りてきた人物とすれ違った。

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