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LESSONⅡ:第19話
「……ナギサ?」
気づかれた、とナギサは目を伏せたままエレベーターに乗り込む。
念のため、雅紀の部屋がある階ではないボタンを押した。
恐る恐る顔を上げてエレベーターの窓から外に目を向けると、すれ違った人物が笑顔を作り、手に持っている何かをナギサへ見せつけていた。
「……え? それって」
目を疑うようなアイテムをもう一度確認しようと窓の外へ目線をやるとエレベーターは上昇してしまった。
身体のすべてが心臓になったかのように鼓動がうるさい。
喉元は塞がれたように呼吸がしづらい。
咳き込みながら指でつまんでいた合鍵を握りしめた。
エレベータが知らない階で止まるとナギサは降りて、外から見えない非常階段を使って雅紀の部屋へ向かった。
(あの人が持ってたヤツって……)
それは間違いなくナギサの手のひらの中に収まっている雅紀の部屋の鍵だ。
なぜ分かるのかというと、合鍵には雅紀のギターのピックを改造したキーホルダーがついており、本人からもらうしか同じ物はないはずだからだ。
エレベーターホールですれ違った人物がナギサに向かって見せた笑顔に、記憶のすべてをひっくり返して適合する人間を探索する。脳のシナプスをひとつひとつ活発に動かすように。
背は百七十センチくらいで細身。
笑ったときにのぞいた八重歯が印象的だった。
あの風貌は一般人ではない。メディアの表舞台に出るような人間だとナギサは推測した。
やはり雅紀はナギサ以外にも部屋の合鍵を渡しているということなのだろうか。
女性には渡していないが同性に渡している可能性を一ミリも想像していていなかった。
雅紀には本命の恋人がほかにいるかもしれない。だからナギサとは「恋人の仮契約」を結んだということなのだろうか──。
絡まった有線イヤホンのコードみたいな思考のまま、雅紀の部屋の前についた。
ドアを開ける前に近所に迷惑にならないように静かに歌う。
疑いと信じる心がせめぎ合い、なかなかドアを開ける勇気が出なかった。
〈雅紀さん、着いたよ。中にいる?〉
まだ雅紀の思考に【偏愛音感】が届いていないのか、返事が頭のなかへ響いてこなかった。
〈ひどく慌てていたみたいだけれど、そんなにボクに会いたかったの?〉
次のフレーズを歌うとすぐにドアが十センチほど開いた。
その隙間から雅紀の引き締まった筋肉質な腕が伸びてナギサは腕を強引に掴まれてドアの中に引き込まれた。
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