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LESSONⅢ:第27話
涼太と理人の懐の広さに頭が上がらない、とナギサは申し訳なく思った。
雅紀から連絡先を渡されて、事務所を通さずに仕事の話をしたことも間違っていた。ましてや合鍵をもらったからと言って、無防備に部屋を行き来することなどマスコミの餌食になるだけだろう。
相手は自分と比較することも憚られる有名なギタリスト兼音楽プロデューサーだ。
一方、自分はようやく世間の認知度が上がり、アリーナツアーができるポジションまで進めた程度の実力。
週刊誌にあることないこと書かれて、理人が綿密に作り上げる「ミナミ・ナギサ」というイメージを壊されたら、音楽活動じたいを一発で失うかもしれない。
上ることは容易ではないのに、転げ落ちるのは一瞬だ。
世間の信用というものは賛美と批判という表裏一体で構成されている。
プロの意識が足りていない、と理人に怒鳴られてもいいくらいのレベルだろう。
ただでさえ色恋の噂が絶えない宮國雅紀だ。
ボーイズラブをコンセプトとして売り出しているナギサが本当に男性と付き合っていたら話題になるうえに、女性問題が多い雅紀が同性に手を出したとなれば、関心が寄せられるのは誰もが予想できる。
理人と涼太がいくら優しいとはいえ、マスコミにあることないこと書かれることを想像すると胸の内側を掻き毟りたいくらい猛省した。軽々しく行動しては行けない身分だということを改めて思い知った。
事務所での打合せが終わると、ナギサが運転をして、理人と涼太が住むマンションへふたりを乗せて帰った。駐車場は涼太がマンションの管理人に連絡してゲスト用の場所を確保してくれたので、そこへしばらく愛車を停めることになった。
ふたりが事務所を立ち上げたときから一緒に住んでいるらしい。
2DKの間取りで、ひとつは寝室、もうひとつは作業部屋として使っているようだった。
理人が主に使っている制作用の部屋にナギサはライブの本番が終わるまで泊まらせてもらうことになった。
(作業部屋だけど、ベッドはちゃんとあるんだ……。ふたりがケンカしたときとかに使うの?)
理人たちに聞きたいことが山ほどあったが、プライベートのことだから聞きづらい。
作曲用のシンセサイザーやライブで使用するショルダーキーボードが置いてある部屋で、ナギサはベッドの淵に腰かけてスマホを開いて、雅紀にメッセージを送った。
『しばらく仕事が立て込むから、部屋に行けないと思う』
雅紀には事務所に自分たちの仲を知っている人物から電話が架かってきたこと、そして自宅へ帰れないことは伝えなかった。
心配をかけたくないというのは建前で、真実を知りたくないというのが本音だ。
もしエレベーター前ですれ違った男性からの入電だったとしたら雅紀とどんな関係だというのか。どう考えても好意がなければナギサの事務所へ電話をするなど起こさない行動だろう。
『俺も同じ状況だから、ちょうど良かった』
メッセージアプリを立ち上げたままスマホの画面が暗転する前に、雅紀から返事が届いた。
その文面を読んだ瞬間、身体じゅうの細胞が停止するような感覚に陥った。
(良かった……? 会えないのに、良かったってどういうこと?)
何を雅紀に求めていたのだろうか。
誰からも求められない自分なんて慣れているはずだ。
それなのに雅紀が自分に背中を向ける瞬間が訪れるのではないかと怖くてたまらなかった。
「雅紀さんはきっと平気なんだ。ボクと……会えなくても」
こんなにもあっさりと会えないことを了承されるとは思わなかった。
仕事が立て込んでいても、マンションに来ていいって言われていたのに、来ないで欲しいという雰囲気さえ、そのメッセージから漂っているように感じた。
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