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LESSONⅢ:第29話

「なぁ、本当に宮國雅紀と付き合っているのか?」と唐突に涼太に尋ねられて、ナギサは肩が跳ね上がる。 「つ、付き合うっていうか、こ、こいびとっていうか……うーん」 「もう……ナギサはすぐに顔へ気持ちが出るから週刊誌の記者に突撃取材されたら、何を言ってしまうか危ないなぁ」  眉を下げて涼太は可笑しそうに腹を抱えた。 「えっ、ボク、どんな顔をしているの?」 「そうだな。宮國雅紀と一線を超えて恋人です、って顔をしている」 「ちょっと待って、涼太さん」  一線とはセックスをしたかどうかだよな、とナギサは雅紀に抱かれる自分を想像しただけで顔が火照るのを感じた。  熱いコーヒーのせいではない。じわりと胸のあたりを濡らすのは恥ずかしさからの汗だ。 「抱かれたのか?」  真顔で涼太に尋ねられたナギサは目を固く閉じて「……まだだよ」と小声で言った。  その返答を聞いた涼太は口元を押さえて笑いを堪えているようだった。 「ナギサの正直なところが俺は好きだよ。付き合っているけど、まだ身体の関係にはなってないんだな?」 「もう、涼太さんのイジワル。分かってるなら聞かないでよ」 「ごめん、ごめん。それでナギサは彼のことを好きなのか?」  きっと本当の恋人同士なら、「好き」と言えたのだろう。だけれど雅紀とは恋人の仮契約だ。 「分からない」  涼太の顔を見ることができない。  心のなかで疑念になっていた「スキ」になる気持ちについて、塊となって口から飛び出しそうだった。 「好きとか、どんなことで気づくの? どうやったら好きだって言えるようになるんだろう」 「そうか……ナギサはまだ恋をしたことがないんだな。別に人を好きになることが正ではないから気にすることはないぞ」  涼太は歌声だけでなく喋るトーンも周囲を和ませる音域だ。好きという気持ちが分からないナギサのささくれ立って荒れた心をなだらかにしてくれる。 「あのね、涼太さん。ボク、しばらく会えないって雅紀さんにメッセージしたんだ」  涼太は頷き、腕を組む。 「すぐに返事が来て、向こうも仕事が忙しくて会えないからちょうどよかった、って書いてあったの。ボク、そのメッセージ見て悔しいような寂しいような、感じたことのない気持ちになっちゃって」 「なんだ、恋を感じているじゃねぇか」と涼太は鼻先で笑うように呟いた。 「その気持ちが恋なんじゃねぇのか? 宮國雅紀の仕事に対してナギサは嫉妬したんだろ?」  あっさり自分の抱いた気持ちを恋と定義されてしまった。  ナギサは自ら思い描いていた恋と、いま自分が感じている恋とが違うことを涼太へ伝えたい。

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