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LESSONⅢ:第30話
「ぜんぜん違うんだ。ボクが想像していた恋とさ。会えないときはすごく苦しくなったり寂しくなったり四六時中、雅紀さんに気持ちを振り回されるんだよ。それでね、会えたときは身体の芯から満たされて……。まるで湯船にじっくりとつかった夜みたいに気持ちが解れるんだ」
「それが恋なんだよ、ナギサ。立派な恋の真っ最中だな!」
涼太は肩をすくめて困ったように眉をひそめて微笑んだ。
「うーん……ナギサは宮國雅紀に恋をしている、か」
「言葉で聞くと恥ずかしいよ、涼太さん」
「いままで恋を知らなかったなら、ナギサにとって初恋だな」
初恋という言葉を聞いて、ナギサは顔を上げられないくらい照れてしまった。
会えない日々が辛くて、雅紀が自分を求めてくれないことに傷ついて、それでも会えたらまたキスしてくれることを期待して──。
それが恋というのだろうか。恋人の仮契約なのに、雅紀に恋をしてしまったということなのだろうか。
「よりによって相手が、あの宮國雅紀だなんて心配すぎてどうにかなりそうだ。週刊誌の帝王ってあだ名がついていることをナギサも知っているんだろ?」
「うん……。そうだね。簡単にボクへ合鍵渡すくらいだから」
何も言わずにコーヒーをすすりながら涼太のてのひらはナギサの頭の上に乗せられた。
その手のひらの重さは決して軽くはない。まるで自分も辛い恋の経験があるような重さだ。
「恋人関係って難しいよな。一方的に恋をしているだけじゃ成立しないから。独りよがりになりがちというか……関係を良好に保つには心に高度な技術が必要になる」
まるで涼太はナギサを諭すというよりかは自分に言い聞かせるような口ぶりだ。
「相手のことを思いやることや許すことができたとき、信頼関係が生まれるんだろうな」
大学のときに出会ってから十年が経った涼太と理人の関係は恋から信頼へ変わる過渡期のようだ。
「でもさ、俺、いまだに理人が何を考えているか分からないときがあるんだ」
「ほとんど一緒にいるのに?」
「ナギサにこんなこと言うのはおかしいかもしれないが、アイツはいつも俺を好きだと言ってくれる。俺もそれに応えているつもりだけれど、どこか不安定な素振りで俺の行動を制限するときがあるんだ。それに……ナギサとのステージでは俺にヤキモチを妬かせようとしているし」
「まぁ、ボクから言わせてもらうと、ぜんぶ惚気にしか聞こえないよ、涼太さん」
頭の上に置かれた手のひらを振り払って、呆れた顔をナギサは作る。
まだ雅紀とは正式に結ばれたわけではないけれど、結ばれたあとも恋の苦悩は続くということを涼太の言動から学んだ。
「ごめんな。ナギサの恋の悩みを聞くはずなのに。俺の欲求不満な話になったな」
ナギサは首を横に振る。悩んでいるのは自分だけではない、と思っただけで幾分、気持ちは軽くなった。
「ありがと。ステージで理人さんと絡んでも、ボクはなんとも思ってないから大丈夫だよ。だって恋も知らなかったくらいだから」
涼太の腕に絡みついて頭を寄せる。雅紀にもこんな風に自然と甘えることができればいいのだけれど、とナギサは苦笑した。
「なんだよ、ナギサは。甘えん坊みたいにくっつくなって。いくら甘えてもナギサのことを俺は抱けないからな? 俺は抱かれるほうだから」
「……なに言ってるの、涼太さんは。知ってるよ、そんなこと」
それでも涼太は絡んだナギサの腕を振り解かなかった。温かいコーヒーと、誰かの体温がお互いに必要な夜は深まり、溶けていった。
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