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LESSONⅢ:第35話

「ナギサ、宮國雅紀のことは俺と涼太で探ってみるから。とにかくいまはライブを成功させることだけを考えろ」  まだなにかふたりは言い合いながら理人と涼太は部屋を去った。  ドアが閉まるのを確認してから、ふたたび雅紀の電話から聞こえた声について考える。  もし雅紀のスマホに自分の名前が表示されていたとしたら、ミナミ・ナギサだということは相手が分かるだろう。しかし芸能人だと分かったときの反応とは違う馴れ馴れしさがあった。友達のような家族のような。 「……ボクには友達も家族もいないっていうのに」  たしかに友達はひとりもいない。  学校でも上辺だけの付き合いしかしてこなかった。  配信で歌い始めてからの心のよりどころは画面の向こうで聴いてくれる動画視聴者だった。  家族は言うまでもなく、いないに等しい。いや、正確にいうと「いないと言われ続けていた」だ。 「え……っ、まさか、漣音……?」  小さいころに離れてしまったから、いまの姿は想像すらつかない。  しかしナギサと漣音は双子だ。懐かしいような甘ったるい声は自分と似た声かもしれない。  もし漣音が生きていて雅紀と何かしらの関係を持っている可能性があったら──。  そんなことを考えただけで絵の具をすべて混ぜたように真っ黒な感情しか湧かなかった。  双子の兄と同じ人を取り合う現実なんて世界が狭すぎて歪んでいる。 「もう、ボクの頭も心も真っ黒のまま停止したい」  それでも近くに行われるライブは歌わなければならない。待っているファンが大勢いるのだから。  機械的な人工知能だって歌うことができる時代だ。聴いて欲しい歌があるから、ずっと歌ってきた。それは漣音を探す手段でもあったのだ。 「……歌うしかない。きっと漣音も【偏愛音感】を持っているはず。歌を届け続ければ、いつか伝わるんだから」  ずっと探していた。  たったひとりの家族でありる兄を。  能力を知る前は歌の力で届けるつもりだった。しかし【偏愛音感】という能力が見つかったいまは、彼も持っているはずだと信じてやまない。  好き同士でなければ聞こえないけれど、ナギサはずっと家族を求めていた。  父親に引き取られた漣音が生きていることを願い続けていた。  漣音も同じ気持ちであって欲しいと思っていた。それくらい兄を想っていたのだ。  会いたくて仕方なかった兄の漣音が雅紀と関係を持っていて、もし恋人だったら──。  それでも彼をナギサは素直に受け入れられるか不安になる。  ずっと信じて歌っていたことすら、崩れそうなくらい心が揺らいでしまいそうだった。  恋は兄弟の関係すら奪う恐ろしい現象だ。  ナギサは暗転したままのスマホを握りしめて、ベッドへ突っ伏して声を出さずに泣いた。

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