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LESSONⅢ:第36話
映画ような長い夢を見た。
映画館だったら座り過ぎてお尻が痛くなるような大作映画だ。
ライブの前日はうまく寝付けないときが多い。
タイムテーブルやセットリストを何度も確認しているのに、頭のなかで真っ白になってしまう怖さがあった。
寝たらすべて忘れてしまう気がして目を閉じることができない。
いままでセットリストの順番を間違えたことも忘れたこともないというのに。
夢で覚醒して起きるということは浅い眠りだったのかもしれないとナギサは思った。
なぜ夢かと気づいたかというと、会えるはずのない雅紀と同じベッドに入っている場面だったからだ。
雅紀の鍛え上げられた胸筋に顔を埋めて耳で彼の鼓動を聞く。
乱れることのないリズムに包まれたナギサは離れたくないと夢のなかで願っていた。
雅紀の両腕が自分の居場所だって堂々と言えるような関係になりたい。
誰にも邪魔されずに、自分だけの雅紀でいて欲しい。
口に出そうとするがうまく動かず、もどかしい。
しかし彼には伝わったようで、ギターを奏でる筋張った両腕で、ふんわりとナギサを抱きしめてくれた。
身体の端から端まで栄養が行き届くように満たされるのが分かる。
ナギサは鼓動を聞きながら鼻先で彼の香りを嗅いだ。
そこに彼がいると安心したかった。
しかし息をいくら吸い込んでも彼の雄々しい匂いはしない。
不安になったナギサは雅紀を見上げた。手を伸ばして彼の頬を引き寄せて、自ら唇を重ねる。
こんな大胆なこと、夢でなければできないはずだ──。
そう思った瞬間、口元に当たる柔らかい何かの感触で目が覚めた。
「……夢? そうだよね、ボクが雅紀さんにキスするなんてできないよ!」
キスの相手は掛け布団だった。
その繊維ですら唇に触れると気持ち良いと感じてしまうくらい欲望は膨らんでしまっている。まだキスしかしたことがないというのに、身体の奥が落ち着かないくらい下半身は疼いていた。
「今日はライブだから……。体力は温存しないと」
ナギサは収まらない欲望を振り払うように別のことを考えようと必死になった。
キス以上の関係になったら、もっと気持ち良いことが待っているのか、とか、もし雅紀が自分の中に入ったら母のような声で喘いでしまう自分がいるのかどうか、など考えないようにすればするほど雅紀と抱き合うことばかり妄想してしまう。
涼太から借りたスウェットの股の部分が隆起して自分で見るのも恥ずかしい。
ナギサは唇を噛んで上着の裾で盛り上がっている部分を隠す。
結局、昨晩は雅紀から連絡はなかった。枕の横に投げ出されているスマホの画面を開き、メッセージアプリを起動した。
『今日のライブ、見に来てよね!』
雅紀へライブに来るようお願いのメッセージを残す。すぐに既読はついたけれど、返事が来る気配はなかった。
電話の一件があってから雅紀とやりとりが途絶えている。
忙しいのか、それともエレベーターホールですれ違った男と一緒にいるのか、ナギサには知るすべがなかった。
その人物がほんとうに漣音だったら、どうしたらいいのか。
考えれば考えるほど身体も頭も悶々となり、ナギサは身を起こして部屋を出た。
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