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LESSONⅢ:第37話

 リビングもキッチンもまだ日が昇っていないせいか、部屋じゅう真っ暗だった。 「早起きが得意の涼太さんたちも、まだ寝てるよね」  起きるには早く、二度寝には時間が足りない。  ナギサは涼太たちが寝ている部屋の前に立った。  ふたりはさっき見た夢のようにベッドの中で抱き合いながら寝ているのだろうか。  覗いてはいけないと思ったが、小さいころの悪い癖は急にぶり返してしまう。  母が知らない男に抱かれる姿をいつもナギサは覗いていた。ときに好奇心は常識を超えた。  ナギサは目の前のドアを音を立てないようにそっと数センチ開ける。片目をその隙間にあてがい中を覗いた。 「こ、これは……」  狭そうなシングルベッドにふたりは身体を絡ませて寝ていた。  掛け布団は床に落ちており、裸の姿があらわになっている。誰が見てもセックスした後の状態だった。  ナギサの胸の奥には羨望の塊がつかえて苦しい。  ずるいという感情さえ湧きあがってしまった。それはまるで雅紀とセックスがしたいという本能のようでナギサは後ろめたさを感じた。 「きちんと恋人にすらなっていないのに、雅紀さんと抱き合うことばかり想像しているのっておかしいよね……」  恋をするとセックスもしたいって思うのかどうか、涼太に尋ねたいとナギサは思った。  身体だけの関係だって世の中にはある。現に雅紀はそっち側の人間だという噂が絶えない。いっそのこと、それでもいいとすらナギサは思ってしまうくらい身体の疼きは目覚めたときより増している。 「……でも、母みたいに、ぜったいになりたくない」  母は同じ男と恋愛関係が長く続いたことがなかった。ゆえに家に連れてきてセックスをする相手は毎回違った。それは母が男に遊ばれているのか、自ら割り切って遊んでいたのかはナギサには分からなかった。 「……ボクはどうして誰ともエッチしたことないんだろう」  答えは簡単だった。  性欲だけで知らない人間と交わることがどうしてもできなかった。  母のように快楽だけに溺れることが怖い。それなのに雅紀に対して、生まれて初めて抱かれたい欲望が湧いた。そして【偏愛音感】は恋だと告げている。  好き、という気持ちはこういうことなのだろうか。  会っているときは離れたくなくて、会えないと苦しくて、他の誰かと一緒にいる姿を想像すると悲しくて悔しいような黒い感情でいっぱいになる。  そして夢のなかにまで欲望が現われて、相手と結ばれたいと強く願ってしまう。 「これが、恋?」  独り言をいいながら寝室のドアを音を立てずに閉めた。  微かに理人さんの寝息がドアの外まで漏れていた。

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