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LESSONⅢ:第40話

「あまりナギサを煽るわけではないが、碧海奏はいま日本に帰国している。察しのとおり、ナギサが宮國雅紀に架けた電話に出たのは彼だと思う」  涼太は先日、レコード会社に打合せに行った際、宮國雅紀の事務所のスタッフと話す機会があったらしい。  ラジオの出演の際に、雅紀がナギサのファンだと言っていたのでライブへ招待したいとチケットを渡したという。そのときにスタッフと一緒にいたのが碧海奏だったのだ。 「驚いたよ。バンドを解散した後、彼は海外に行っていたことも、まだ宮國雅紀の事務所に出入りしていることも。彼もライブに行きたいっていうから、招待チケットを渡したんだ」 「じゃあ、今日のライブに雅紀さんも碧海奏も来るかもしれないってこと?」 「その気があれば、だけど。なんとなく碧海奏は来るような気がする。ということは宮國雅紀も来るだろ?」  涼太に両肩を掴まれて瞳の奥を覗き込まれる。 「しっかり歌え。さっきひとりで呟いていたような気持ちが、誰かに恋をした証拠だぞ? その気持ちを宮國雅紀に伝えないと」  涼太と視線を合わせたまま、ナギサは首を強く縦に振る。 「それにしても碧海奏ってナギサに似ているんだよな。その週刊誌の写真で見たときも思ったけれど。この前、実際に会ったとき、一瞬、ナギサと同じ雰囲気を感じたんだ。まるで双子みたいだなって」  ナギサは「正解!」と言いたかったけれど、まだ本人に会って確めてなかったので、言葉を濁した。  碧海奏、つまり兄の漣音と雅紀が本当にライブ会場に来るのなら試してみたいことがあった。歌うことで雅紀や漣音に【偏愛音感】で気持ちが伝わるかどうかを。 「ねぇ、涼太さん。ずっと言いづらかったけど……ここにいっぱい赤い痕が残っているね」  指で理人が残した痕をなぞると涼太の顔は一気に赤く染まる。 「バカ、見るな! ナギサが起きていると思わないから何も着ないで出てきちゃっただろ?」  涼太は胸を隠すようにナギサに背を向けてバスルームへ急いで向かった。 「あれ、涼太?」  今度は寝室から髪の毛がものすごく寝ぐせになっている理人がリビングへやって来た。 「違う、ナギサか。ずいぶんと早起きなんだな」  半分寝ぼけているのか、見当の定まらない視線のまま、両手で頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。 「涼太はどこ行った?」 「いまシャワー浴びに行ったよ」 「あ、またアイツ勝手にひとりで浴びやがって」  理人はいじけるように唇をへの字に曲げる。 「ねぇ、抱き合ったあとって一緒にシャワーを浴びるの? そういうものなの? 恋人同士って」 「そうだな。俺は一緒に浴びたいし、終わった後の処理も俺がしてあげたいんだよなぁ」  後の処理について何を指しているかが、ナギサにとっては未知のなる領域だった。しかし理人が涼太の想像を超えた優しさを持っているのかもしれないことは理解する。 「涼太はあんまり弱いところ見せないから。もっと甘えてくれてもいいのにな」  頭の寝ぐせを気にしながら理人はバスルームへ向かう。その背中にはおそらく涼太が引っ掻いた傷が残されていた。さきほど見た漣音のピアスの数にも負けないほどの傷だ。 「傷をつけるほど引っ掻くって、痛みなのか気持ちいいのか……。どういう抱き方してるのだろう、理人さんは」  たしかに涼太が言うように、理人は何を考えているか分からない部分が多い。  飄々として何をやるにもふわりとこなし、恋愛に対しても淡泊そうに見えるけれど、涼太が快感に耐えられず、爪を立てるほどの交わりをしているということだ。  二十歳を超えて恋愛も身体の関係も未体験のナギサには、涼太がどういう愛され方をしているのか興味が湧いて仕方ない。  呆然とリビングで妄想をしているあいだに風呂場ではふたりが騒ぐ声が漏れ聞こえた。  涼太の甲高く甘い喘ぎ声は早朝のマンションじゅうに聞こえてないか不安にすらなる。普段は真面目でクールな彼からは想像できないくらい甘美な音域だ。 「……涼太さんのあの声、可愛いなぁ」  思わずナギサも聞き惚れてしまった。覗きたい衝動が駆け巡ったけれど、これ以上、ふたりの仲を邪魔してはいけないとナギサは借りている部屋へ戻った。

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