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LESSONⅣ:第41話
ライブ会場に向かうため、ナギサは涼太と理人とともに事務所の黒いミニバンへ乗り込んだ。運転席には涼太が、助手席にナギサが座り、後部座席には理人が乗り込んだ。
「聞こえたよな?」
車を発進させてしばらくすると涼太はナギサに尋ねる。
「なんのこと?」
朝、バスルームで理人に抱かれたときの声を指しているのだろうと察したが、ナギサはあえて知らないふりをした。理人は腕組みしたまま眠っている。
「聞こえてないなら、別にいい」
普段どおりの冷静な声を取り戻している涼太の頬に色味が差す。
しっかり者の涼太は理人とふたりきりになるとクールな仮面すら脱がされ、尽くすタイプだということは部屋に住まわせてもらって深く理解した。
こんなに尽くしてもらっているのに理人はどうして不安になるのだろうか。
バックミラーで後部座席の理人を確認すると、「涼太ぁ、可愛いぞ」と寝言のような不透明な声色で呟いた。
「な、なんだよ、いきなり。理人のヤツ、寝ぼけやがって」
舌打ちしながら涼太は顔をさらに赤らめる。
「知ってるか、ナギサぁ? 俺たちがステージに立つ前の晩はな、いつも涼太から甘えてくるんだぞ?」と寝言とは思えない長さのセリフを喋り出す。
ナギサは振り返って理人の様子を伺ったが、姿かたちは寝ているように見えた。
「おい、理人。寝ぼけたフリして、よけいなこと言うのやめろって」
「たまんないよなぁ。俺がナギサと仲睦まじいステージをすることに嫉妬しているんだから」
「……っ! わ、悪いかよ」
ふたりの仲を裂くような人物などいないというのに、理人はわざとナギサと恋人というコンセプトで活動し始めた。それは涼太からの好意を嫉妬で確かめようとしているかもしれない。嫉妬していることを相手に知られたくないのに、ふたりきりになると涼太は正直に理人へ嫉妬している気持ちを伝えているのだろうか。
仕事上とはいえ、理人と恋人というコンセプトで活動していることを雅紀はどう思っているのだろう。
「……いいなぁ。ふたりはいつもイチャイチャしてて」
「ナギサも、宮國雅紀に恋してるって、気づけただろ?」
車に差し込む光に照らされた涼太の横顔は誰よりも幸せそうに見えた。
その誇らしげな表情を忘れたくない。これが恋をしているときの顔に違いない。
「ボク、まだ雅紀さんに恋をしてる実感がないよ」
「そうか? 週刊誌の記事で泣いていたのにな。知らない過去があったことが悔しいって思ったんだろ?」
涼太にはっきりと指摘されて目の淵がじわりと熱くなる。
雅紀と漣音がかつて恋人だった可能性のを考えると自分の存在が漣音の代わりではないかという怒りにも似た屈辱の感情が甦る。
もしかするといまもふたりは一緒にいるかもしれないというのに。
連絡が途絶えているのは、雅紀が漣音へ気持ちが戻ってしまっているのではないかという不安が瞳から涙となって頬を伝った。
「……ボク、天涯孤独って周りには言っていたけど、実は双子の兄がいるんだ」
寝ぼけたフリをしていた理人がその発言を聞いて目を見開いた姿がバックミラー越しに映った。
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