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LESSONⅣ:第42話
「幼いころに両親が離婚したあと、兄は父に引き取られたんだ。母からは兄と会うことは許されず、行方も教えてもらえなかった。しつこく尋ねれば死んだと思えと言われて……。その母はボクの存在を無視しながら男を家に連れ込んでたし。だから高校進学と同時に家を出てからのボクはバラバラの家族に見切りをつけて、天涯孤独と周りの人に言っていたの」
「……まさか」
涼太はいまの話からすぐに状況を察したようだった。ステアリングを握る力が強まったのか、手のひらの内側からギュッと音が鳴った。
「推測だけど雅紀さんがバンドを解散した理由になった恋人が、ボクの兄じゃないかと思う」
車内は走行音だけが響き続けた。ハイブリッド車だからほとんど無音に近い。
涼太の運転はブレーキの踏み込みがなめらかで信号の多い都心の道路も安心できた。ふたりのマンションに来てからナギサは運転していなかったので、ライブが終わったら海辺へドライブに行きたいとぼんやり愛車を想った。
「碧海奏というのはアーティスト名で、本当は三波家の姓ということだな?」
理人は後部座席から身を乗り出してナギサに尋ねた。
「そう、三波漣音、それがボクの兄の名前。同じ姓なのはボクのほうが母の旧姓を使っていないからなんだ」
「なぁ、ナギサ。宮國雅紀が自分の兄と関係があると知ってどんな気持ちになった?」
まっすぐ進行方向を見つめて運転をしている涼太に知らずにできた傷口へ触れるように聞かれ、ナギサはなにも答えられなかった。
「泣くほどだったじゃねぇか」
言葉にできない感情が胸のなかを行ったり来たりしている。
分からないを繰り返して自分の感情と向き合ってこなかったから、うまく言葉にならないのだ。
「ひとことで言えば……ショックだったんだと思う。たとえば動画の再生回数が似たような配信をしている歌い手より少なかったり、コメントでファンの子たちからちやほやされたり、そういうのを目の当たりにしたときの感情に似ているかも。いや、それ以上に悔しいんだ。ボクは漣音の身代わりで雅紀さんに気に入られたんじゃないかって思うと……」
雅紀が過去に好きになった人がいて、それが会いたかった自分の兄かもしれないなんて、いままで経験したことのない感情が湧きあがって当たり前だ。
兄弟と言えども、一卵性の双子だからそっくりに決まっている。兄と関係があったことも悔しいが、その弟である自分のことを好きだという雅紀にショックを受けたのだ。
「なるほど。ナギサは兄貴に嫉妬してるってことだな」
運転席と助手席のあいだから顔を出した理人が言った。
確信をついた答えだと言わんばかりに自信たっぷりの表情がバックミラーに映っている。
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