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LESSONⅣ:第45話
「恋人が目の前で抱き締めてくれたら、どんな気持ちになるか分かるか?」
開演一分前、理人のまじないは続いた。
いま感じている温もりが雅紀だったら不安な気持ちが吹き飛んで、身体の隅々まで満たされそうな気がした。
人は欲深いもので、いちど誰かの体温を知ると、もっと、もっと、と脳は欲深くなってしまう。
「ナギサ、殻に閉じこもるな。歌は本来のナギサの気持ちを表すツールなのだから。好きな人に好きだって、歌なら素直に伝えられるだろ?」
「それは【偏愛音感】を含めてってことだよね?」
ナギサのことを好いてくれて、ナギサも相手に好意を抱いていれば気持ちは勝手に相手の脳内へ届いてくれる。
雅紀に会いたくて、会いたくて。
抱き締めて欲しくて、キスしたくて。
そんな欲望もすべて伝わる。あえて言葉にしなくても歌うだけいいのだ。
「そうだ。ナギサは好きな相手を想って歌えばいい。とてもシンプルなんだ」
理人に抱き締められていた腕が解かれ、背中を押された。
魔法をまとうようにそっと。
それと同時に客席が暗転して歓声が響き渡った。
理人と指を絡めながら手を繋ぎ、下手から真っ暗なステージへ歩き出す。
センターのマイクスタンドの前に立つと理人の手が離れた。SEがフェイドアウトして理人がシンセサイザーの位置についたことを知らせる。
一曲目のイントロを理人が奏でると、閃光のように鋭い音が満員のアリーナの客席を切り裂いた。
理人の鍵盤さばきは決して機械的ではなく、魂が宿っているような音が飛び出すのだ。
客席が息を呑んで暗闇のなかでぼんやりとシルエットだけが浮かんでいる理人に視線が集中しているのが分かった。
歌い出しが近づくとスポットライトがナギサに当たる。視界が白っぽく広がり、一気に客席が見渡せるようになった。
〈雅紀さん、どこにいるの?〉
客席からの期待を裏切らないように歌うナギサは心のなかでは必死に雅紀へ問いかけた。
ひとりきりは慣れっこだったはずなのに、ふたりで過ごすということ知ってからは、ひとりの時間が際立つ。
誰もいない沈黙の部屋が怖くて、ひとりで眠りにつく瞬間が空しくさえ思えるのだ。
彼がいないと日々が無機質に感じてしまうくらい求めてしまっている。
だから雅紀と正式な恋人になったとしても、もし雅紀に捨てられる日が来たら、ナギサ自身がどうなってしまうのか予想ができなかった。
母に自分の存在を認めてもらえなかった日々が重くのしかかってしまい、いつかは雅紀にも捨てられてしまうかも、と怖くなる。
恋なんて傷つくだけだと思っていたというのに。
それでも「恋」をしたナギサの心は必死に前へ進もうとしていた。
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