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LESSONⅣ:第50話

「お疲れ。今日のナギサはどのライブよりもいちばん高音域が伸びていてよかったぞ。急に歌えなくなったのは驚いたけど、無事に終わってなによりだ」 「理人さん、ごめんなさい。とちゅうで歌えなくなっちゃって」 「来てたんだろ? 宮國雅紀とナギサの兄ちゃんが。それで【偏愛音感】が発動したんじゃねぇか?」  答えなくてもすべて察していた理人の言葉にナギサは声を出さずに頷いた。 「ねぇ、理人さん……」  ほんとうにキスをしてしまったのか聞こうと呼びかけた。  意識が遠のいていたのであまり実感がないのだが、雅紀から聞こえた【偏愛音感】の声は確かに理人とキスをした、と告げていた。 「おい、理人」  ナギサが尋ねる前に並んで楽屋に戻る通路のあいだへ涼太が割って入った。理人の腕を掴み、ものすごく冷酷な目つきで睨んでいる。 「予定にない演出を入れただろ。たしかに観客は狂喜乱舞していたけどな。いくらなんでもナギサと……き、キスはやりすぎだぞ!」 「悪気はない。ナギサにもキスする前に断った。それにあれはキスではなくて、人工呼吸みたいなもんだ」  恋人の涼太が顔を赤らめて怒っているというのに、理人は反省という言葉の意味を知らない顔で涼太を見下ろしている。 「じ、人口呼吸って、どういうことだよ? ナギサはしっかり最後まで歌い切ったじゃないか」 「あ、あの……あれはボクの声が出なくなっちゃって……」  声を荒げて理人を問い詰める涼太をなだめようとナギサは真実を話そうとした。しかし理人は立ち止まって「あれ? もしかして涼太、妬いてる?」と正面から涼太を抱き締めた。 「ば、バカっ! 違うし!」  他のスタッフもいる手前、涼太は慌てて理人の腕の中から抜け出して突き放す。 「なんだよ。正直にヤキモチですって言わないなら、今夜、覚悟しとけよ」  理人に耳元で囁かれた涼太の頬は耳の先まで真っ赤になった。  バカ野郎と暴言を吐きながらも結局、理人の腕のなかに収まり、大人しくなった涼太が羨ましい。  でもナギサにも収穫があった。  理人とキスをしたことを雅紀は絶対許さない、と【偏愛音感】が伝えてくれた。  その言葉が脳内に流れた瞬間、胸の奥が絞られるようにキュッと鳴った。  嫉妬という感情はどんな愛の言葉よりも自分を想ってくれているような気がした。

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