51 / 100
LESSONⅤ:第51話
ライブの打ち上げが終わるとナギサは理人と涼太にお礼を言って、久しぶりに自分の部屋へ帰宅した。
ドアを開けると玄関より先は物音ひとつしない。
真っ暗な空間に迎えられたナギサは暖色の照明を点灯して部屋に明るさを取り戻す。
淋しさで埋め尽くされた部屋の空気を入れ替えるためにバルコニーの窓を開けて外へ出た。
真っ暗な情景に浮かぶ都会のビルたちの灯りが揺れている。
まだライブの余韻が残っているのか頭は上手く働かず都会の裏側を眺めることしかできない。打ち上げで飲んだアルコールが思考を麻痺させ、【偏愛音感】で流れ込んだ漣音と雅紀の言葉がぼんやりと浮かんで消えた。
窓の灯りの数だけ、様々なドラマがあるっていうのに漣音と同じ人をナギサは好きになってしまった。
いまごろ雅紀のマンションに漣音はいるのだろうか。
ふたりは恋人同士なのだろうか。そして当たり前のようにキスしたりセックスしたりする仲なのだろうか。
「……結局、二人のことを考えちゃうや」
都会の裏側が望めるバルコニーでナギサは溜息をついた。
ズボンのポケットからスマホを取り出して、雅紀とのメッセージ画面を開く。お酒を飲んでなければ、いますぐに車を飛ばして彼のマンションに行きたいほど会いたい。
「雅紀さんの部屋にワープしたい……」
メッセージのひとつひとつが大切で表示されている画面に口付けをする。そっと唇が触れるだけのキス。
「キスしたいよ、雅紀さん……」
濡れた唇が夜風に当たって冷たい。
キスはとても温かいというのに、画面越しのキスは無機質で悲しい。
淋しさはよけいな妄想を連れて来る。ナギサの頭のなかでは漣音を抱く雅紀の姿が浮かんでしまい、まるでふたりのセックスを覗き見しているような気持ちになった。
筋肉質で大柄な雅紀が漣音の上に覆い被さり、漣音は高くて甘い声で鳴いている。
その声は自分と同じ音域で、まるで彼に抱かれているような錯覚を起こす。
そんなことを考えているからバルコニーだというのに下半身が熱く疼いてしまう。気を逸らそうと見上げた都会の夜空には星がほとんど浮かんでいなかった。
ナギサは自分の唇の痕が残っているメッセージ画面に文字を打ち込んだ。
『明日、部屋に行くね』
送信ボタンをタップし終えると手先が冷えていることに気づいた。
収まらない身体を庇いながらバルコニーから部屋へ戻り、熱いシャワーを浴びた。
まだ下半身が疼いている姿を鏡で確認するとそのまま欲望を放ってしまいたい衝動に駆られた。
ライブのあとに興奮するのは大物ミュージシャンもよく語っている。
まだ誰とも身体を交わしたことのナギサですら、いますぐに誰かと交わりたいと願うくらい腰の奥が重たい。
なんとか我慢をしたナギサは髪を乾かして、興奮を忘れるように下着姿のままベッドへ倒れこんだ。身体は疲れている。アルコールもまだ醒めていない。そのまま眠れそうな気がするが、激しい人恋しさが全身を支配した。
ともだちにシェアしよう!

