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LESSONⅤ:第54話
「……それって同棲って言うよね。こ、恋人だったんじゃなくて?」
「関係に名前はなかった。あるとすればバンドのボーカルとギタリストが同じ部屋で暮らしている関係性だ」
雅紀の言葉を信じたいが、ナギサは信じ切れなかった。
バンドメンバーが一緒に暮らすことは往々としてあることだというのに、どうして週刊誌に撮られたのだろうか。それもわざわざラブホテルに入る場面を。
「よく分からないよ。ただの元メンバーなら、漣音がボクと雅紀さんのあいだを邪魔する必要はないと思うんだけど。ねぇ、漣音は雅紀さんと恋人だと思っていたんじゃないのかな?」
「それは俺が悪いんだ。バンドを解散させてアイツの居場所を奪ったのは俺だから──」
沈黙がナギサの気持ちを怯ませる。
漣音に対して負い目がある雅紀の前に本人が現れた。
見た目は冷酷で取っ付きにくい雅紀だけれど、根は困ってる人を放っておけない性格だ。そうでなければ漣音のことを住まわせたり、バンドに誘ったり、そしてナギサに対しても好意を向けることもないはずだ。彼は本能的に誰かを自分の手で救うことが生きがいになっているのかもしれない。
「じゃあ雅紀さんは、漣音の気持ちに応えるってこと? ボクとの契約は終わり……なの?」
雅紀に求められていることは分かっているけれど、どうしても漣音が現れたことで揺らぎ始めている。自分が諦めれば漣音は幸せになれるのではないか。いまだったら恋を知らなかった自分へ戻れるはず。
「どういう意味だ?」
「きっと漣音は雅紀さんのことが好きだから、目の前に戻ってきたんじゃないのかな。だからボクと契約を終わらせれば、漣音と恋人に戻れるし」
鼻の奥がツンと痛み、目尻が熱くなると頬へ涙が流れ落ちた。ひとすじ流れたあとは小川のように同じ場所を涙がつたう。
「だから恋人じゃないんだ……なぁ、もしかしてナギサは終わりにしたいの? 兄の幸せを考えられるのは素晴らしいけれど、俺と恋人になるのはナギサにとって簡単に手放せるってことなのか?」
「そうじゃない……違う、ボクは……ボク、は」
嗚咽で言葉が遮られる。
雅紀との契約が終わると思うだけで、どうしてこんなに涙があふれるのだろうか。終わりたくないと全身でナギサの発言を阻止しているかのようだった。
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