55 / 100
LESSONⅤ:第55話
「ずっとナギサを恋人にしたいくらい好きだというだけでは伝わらないみたいだな。契約だなんていう手を使ってまでナギサを俺に繋ぎ留めたい気持ちは届かないのか?」
分かっているけれど、雅紀の漣音への気持ちがはっきりしていないから苦しい。
ナギサは雅紀の気持ちが自分へ百パーセント以上に向いていて欲しいと願っていることに気が付いてしまった。
「だってボクと漣音は双子だし、顔だって似てるし。雅紀さんの隣から漣音がいなくなったから、ボクは漣音の代用品で……だから……こ、恋人にしたかったんじゃないかって思って……」
時間に換算したらどれくらい経過しただろうか。
耳に暗闇が広がったような沈黙は生きた心地がしなかった。そのうちに深い溜息が聞こえた。
「まさか。違うに決まってるだろ」
「じゃあ、どうしてボクのことが好きなの? なんでいま雅紀さんはボクの隣にいてくれないの?」
涙は空っぽにならないことをナギサは初めて知った。
涙が零れるほど、奥深くに眠っていた孤独が暴走して止めることができない。
「どうやら、はっきり言わないとダメなようだな」
そう告げる雅紀の顔は見えないけれど、眉をひそめて呆れている表情だろうと予想できた。
「ナギサのどこが好きかを話し始めたら夜が明けるかもしれないが、それでもいいか?」
電話だから声を出して返事をしなければ伝わらないのに、ナギサがこくりと頷いたことが伝わったのか、それとも勝手に雅紀がしゃべり始めたのか分からない。
雅紀は小さく息を吸い込んで喋る準備をしているようだった。まるで栄養補給のように。
「ナギサの存在を知ったのは、何気なく見ていた動画サイトでおすすめに表示されたからだ。ちょうどバンドの区切りがついて、俺は誰かに曲を提供する仕事を始めようと思っていたところだったんだ」
だからよく歌い手の動画をチェックしていたからおすすめされたのかもしれない、と雅紀は息継ぎを忘れたかのように喋り続ける。
「動画を初めて見たとき、漣音を思い出さなかったと言ったら嘘になるかもな。でも双子だなんて微塵も思わなかった。それよりも淋しさが歌に現われていて目も耳も虜になってた。たしかに比べればよく似ているけれど、それぞれが持つオーラや後から身に着いた性格はまるで違うと思う。声質はそっくりだけど、歌い方も能力もまったく違うんだ」
漣音とは離れて生きてきたが、無意識のうちに自分より幸せな生活を送っているのではないかと心の片隅で思っていた。どうして自分だけ一人きりで生きていかなければならないんだと無意識に思い続けていた。
ともだちにシェアしよう!

