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LESSONⅤ:第57話
「ナギサが生まれてきてくれて、音楽に興味を持って、歌う道に進んでくれたから俺はナギサに出会うことができたんだ」
生まれて初めて、いまこの世界に生きていることを幸せに感じた瞬間だった。
もうひとりの自分が雅紀の声色のような柔らかい羽根で抱きしめてくれるような感覚があった。ナギサ、もう大丈夫だ、と包まれるように。
「ねぇ、雅紀さん、ボクのどこが好きか、もっと教えて……」
いままで抑圧していた自分自身がもっと、もっと、愛されたいと言葉を欲してしまう。
すると雅紀は「いくらでも言えるから覚悟しろ」と自信あり気な声で言いきった。
「そうだな……まずは声だ。最初に聞いたときは誰かを感動させようとする歌い方ではなかったし、動画に映っていたナギサの表情はどこか陰気が漂っていて、それまでの俺だったら決して目に止めなかったビジュアルだったんだ。でも聴き続けて分かったのは、どんな曲を歌っても、一音もブレることない正確な音程と伸びやかなハイトーンボイスに表情とのギャップを感じて惹かれた。新しい動画が投稿されていないか、毎日チェックして新着動画が無ければ同じ動画を繰り返し再生した。何べんも何べんも」
あまりにも早口で告げる雅紀は、まるでナギサのオタクのようにも思えた。
誇らしげでもあり、恥ずかしそうな声色でもあった。
「それから意識してないだろうけど、歌い終わったあとナギサは必ず笑顔を見せてくれた。その時に覗く八重歯がとってもチャーミングで。真顔で歌う姿はとても暗いのに、歌い終わったあとの甘酸っぱいような笑顔にあのときの俺は救われていた」
雅紀の言う、あのときとは、ナギサがひとりで頻繁に動画を撮ってアップしていたころだ。母の元を去り、自由になれたと思ったけれど、本当に孤独になってしまった憂いを拭えなかった。
その気持ちを払拭するように誰の顔も見えない画面の向こうへ歌い続けた。
いつか絶対、歌うことで大成したいという欲だけが命綱だった。そんなナギサを見つけたときの雅紀はちょうどバンドを解散して、この先、どうやって音楽業界で活動していくか模索している最中だったのだろう。
「いつかナギサと一緒に音楽を演奏したいという夢だけが心の支えになったんだ。スキャンダルで有名になるのは癪だから、自分の実力で有名になりたくて、渡米してギタリストとして活動したのち、プロデュース業に精出してさ。でも気が付いたら、ナギサは違うプロデューサーに引き抜かれていた」
短い沈黙がナギサを襲う。
静かに彼の言葉を待った。
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