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LESSONⅤ:第58話
「諦めたくない一心で、大手事務所の権力を使ってナギサのラジオに出演したりと必死だった。画面のなかでしか会えなかったナギサと個人的に会えるようになって、キスだってできる環境が訪れたんだから、もう絶対に離したくないし、離さないから」
一気に喋る雅紀は休息のように小さな咳払いをした。
「それくらい、ナギサのことが好き。だから俺のことも好きだって絶対に思わせたいんだ」
自分の行動で誰かの心を動かすことができたと認識すると眩い光が頭のなかへ広がった。雅紀の気持ちが喜びに変わった瞬間を知り、誰にも必要とされなかった自分自身が他人を「幸せ」という気持ちにできるなんてまるで魔法使いにでもなった心地だ。
「雅紀さん……、ありがとう。ボクを好きになってくれて。そんなこと言われたことないから、どうやってその想いに応えたらいいか分からなくて」
「俺に好きって言われて、ナギサは嬉しい気持ちになったか?」
「うん。心の中がとても温かい。なんだか雅紀さんの腕の中にいるときみたいなんだ」
「それがきっと俺を好きだって気持ちだと思う。好意がなければ拒むはずだから」
「……これが好きって気持ち?」
「あぁ、そうだ。ナギサがステージを終えたときに笑顔になるだろ? それも自分を満足させられた喜びからだ。きっとナギサは歌うことで自分を愛そうとしていたんだろうな」
「だから……興奮しちゃうのかな……?」
ナギサはいま自分が下着すら身に着けていないことを思い出す。
「興奮ってなんだ?」
「そ、それは……言えないよ」
雅紀に見られているわけではないが、ナギサは照れるように脱ぎ捨てたボクサーパンツを慌てて身に着ける。
「ガサガサと音が聞こえるが、ナギサはいま何かしてるのか?」
「えっ? なにもしてないよ。寝るときに着る服を準備していただけだよ」
「ということは、裸だったってことか?」
「ちょ、ちょっと……想像しないでくれる?」
満たされるような会話がしばらく続いたあと、ふいに恥ずかしさが襲ったのか、互いに「おやすみ」と言い合って電話を切った。もちろん目が覚めたら雅紀の部屋へ行くことを約束して。
そのあともナギサはベッドの中でぽかぽかと温かい胸を手のひらで抱えるように眠りについた。いつまでもこの温度が続くように、そっと。
すっかりロックミュージシャンがライブの後に過ごす性的な夜のことは忘れていた。
欲望は喪失感と深く関係しているのかもしれない。心が満たされれば、身体を欲する度合いは減少するのだろうか。
性的な欲望は満たされない心が原因なのかもしれない。
雅紀に出会うまではナギサは歌うことで自分を満たすことができた。
しかしいまは雅紀に恋をして、彼のすべてが欲しくなる。これが「好き」という気持ちなのだ。
「雅紀さん、大好きだよ。とってもとっても好き……」
ナギサは掛け布団を雅紀だと想像しながら瞼を下ろした。
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