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LESSONⅥ:第60話
まだ自分自身がどんな曲が得意で、どれだけの音域を出せるかもよく分かっておらず、プロデューサーの理人が作ってくれる曲をただひたすら歌っていた。
だけれど数々のヒット曲を生み出している雅紀はナギサの動画で歌う姿を見続けていたから、ナギサが持つ声域のことを深く理解していた。
彼と親しくなったいまも、きちんと彼の前だけで歌ったことはない。
もちろん理人が作る曲も大好きだけれど、雅紀が作る、ナギサを知り尽くした楽曲も歌ってみたい。
きっとあの日、誰よりも雅紀が自分自身のことを知り尽くしていたことが嬉しかったのだ。親にさえ興味を持ってもらえなかったのに、初めて誰かに必要としてもらえた記念日。
もしかすると漣音も同じ気持ちだったのではないのだろうか。
バンドに誘われて、一緒に住む相手ができたのだから。
ラジオ番組で語り合うナギサと雅紀の声が昇ってきた太陽の光と交じり合って部屋を彩る。
どうやらナギサは眠りに落ちており、次に気が付いたときには、すっかり太陽が昇りきったころだった。
「……寝落ちしてた」
スマホの時計を確認すると同時に雅紀からメッセージが届いていたのでアプリを立ち上げる。
昼ごろ漣音を空港へ送ってくるから、部屋に来るとき連絡して欲しい、と雅紀からのメッセージには書かれていた。
「空港……?」
漣音ときちんと対面していないというのに、彼は空を飛ぼうとしている。
どこから来てどこへ帰るのか分からないが、この機会を逃がしたら、いつ漣音とまた会えるか想像がつかなかった。
慌てたナギサは身支度を整え、愛車に乗り込んだ。
空港と言っても、国内線なのか国際線なのかも分からない。
ナギサはひとまず雅紀のマンションに向かうことにした。
部屋に着くと、合鍵で部屋に入る。
しかしすでにふたりは部屋にはおらず、ベランダから外を覗くとちょうど漣音と雅紀がタクシーに乗り込んだ瞬間だった。行き違いになってしまった、とナギサは急いで車へ戻る。
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