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LESSONⅥ:第62話

「母の言うことなんて信じなければよかった。そうすればもっと早く会えたかもしれないのに」 「ナギサは僕に会いたかったの?」  そう言った漣音の表情からは何も読み取れない。わざと感情を見せないように抑揚を欠いた声色だった。 「漣音はボクと会いたいと思ったこと、なかったの?」  死んだと聞かされていたからよけいにナギサは兄に会いたいと思い続けていた。たったひとりの家族だと思っていたから。 「ないよ。だってナギサは母さんと一緒に暮らしていたんでしょ? 僕はね、父に引き取られたあと、気が付いたら親に捨てられた子たちが暮らす施設にいたんだよ」  引きつった笑顔で言い放つ漣音に口を噤んでしまった。  たしかに自ら母と暮らす家を飛び出すまで一緒にいたことは間違いない。だけれどそれが漣音が想像しているような穏やかな母子家庭ではないことは間違いなかった。 「高校も行かなかったし、施設も飛び出した。運よくライブハウスで住み込みしながら仕事することで居場所が見つかったけれど、マサキさんと出会わなければ、きっとその仕事だって続けられなかったと思う。彼と一緒に住むことになって、誰かとふたりで住むということがどういうことか分からなくて、マサキさんが僕のことをいちばんに想ってくれないと嫌だったから訳もなく当たり散らしたりして困らせてたんだ」  漣音の後ろで腕組みしながら雅紀は目を伏せている。  家族というコミュニティを知らずに育った漣音は人一倍、誰かを独り占めしたい欲求が募りやすいのかもしれない。それはナギサ自身にも思い当たった。 「マサキさんのバンドに誘ってもらって、ボーカルをやっていたんだけど、ちょうどそのころナギサが動画配信を始めてさ、話題になって。すぐに分かったよ。本名だったし、顔もやたら似ていたからね。だけど歌を聞けば僕よりもはるかに上手くて。悔しくて仕方なかった。自分の持っていないものをすべて持っていったような気になっちゃって、だんだんバンドでもうまく歌えなくなったの」 「……そのあとのことは、知ってるから言わなくていいよ。訳あってバンドが解散したんだよね」 「そう。僕がぜんぶ自分で壊した。それで僕はイギリスに渡って、ナギサより音楽の才能を伸ばすために作曲の理論や歌唱を学びながら現地でバンド活動し始めたの。いまも続いている。だからマサキさんとのことも忘れようと音楽に没頭していたのに」

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