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LESSONⅥ:第66話
「頬、痛くないか?」
彼の背中が見えなくなるとナギサは雅紀に背後から抱き締められた。
「……うん、大丈夫」
雅紀の両手がナギサの腹の上で重なり、その手のひらの上に自分の手を重ねる。
「ねぇ、漣音とボクってやっぱり似ているね。急に攻撃的になるところとかさ」
「あぁ、確かにな。俺、ナギサに唇を噛まれたこと忘れてないからな」
雅紀に初めてキスされたときに噛みついたことをナギサは思い出し、申し訳ない気持ちになる。
好きだから感情が乱れて噛みついたり叩いたりしてしまうのかどうかは、まだきちんと理解できていない。
「……なぁ、ナギサ、俺のダサい過去に引かなかったか?」
雅紀は抱き締めたままナギサの頭のてっぺんに顎を乗せて言った。
「不安がないと言えば、嘘になるかな。ボクと、こ、恋人……になっても世間からどう思われるかは同じだろうし」
あまり考えたくない将来にナギサは声のトーンを落とした。すると雅紀はナギサを抱き締める手を離し、正面に向き直してわずかの時間見つめったあと、すばやく唇が重なる。
「……っ! ちょっと、人がたくさんいるの、に」
さきほど漣音がしたキスなんか比にならないくらい長い時間、口付けが続いた。彼の大きな胸板に抱き寄せられながら、時が止まったかのように、ずっと。
「ナギサと過ごす時間を後悔したくないから」
とつぜん蜂蜜を溶かしたような甘い言葉にナギサは照れるのを隠そうと彼を突き放した。
「人がたくさんいるから、離れてよ……また週刊誌に撮られちゃう」
「雑誌なんかに怯えてられないくらい、ナギサとキスしたくて我慢できなかった」
雅紀はひとつも後ろめたさがないような笑顔だったのでナギサもつられて笑う。
このまま雅紀から離れたくない。
ずっと抱き合っていたい。
ナギサはある想いが込み上げた。
彼を車に乗せてあのシーサイドラインまでドライブしたい、と。
「ねぇ、雅紀さん。いきなりだけど、海へ行かない?」
「海? 夏じゃないのに?」
「うん、誰もいない海。ボクと漣音が生まれた街なんだ。雅紀さんにも見せたい」
彼は目尻を下げて柔らかく微笑み、ナギサの肩を抱き寄せる。
「いいよ。ナギサの仰せの通りに」
ナギサの愛車であるスポーツカーを停めてある空港の駐車場にふたりで向かった。
国産車でボディはレッド。車高は低く、背の高い雅紀がくつろげる車内かといえば答えはノーだ。
「座席を後ろにスライドすれば、少しは脚を伸ばせると思う」
運転席に座り、エンジンをかける。
雅紀がシートベルトを締めたことを確認するとナギサはアクセルを踏んで発進し、駐車場を後にした。
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